6 記憶のかけら

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「羽根井、っていうのは母方の旧姓です。あの日、兄が死んでから、母は気を病んでしまいました。すっかり、今までの母と変わってしまったんです。僕はすごく小さなときに両親の離婚で兄とは別れていますから、正直ほとんど兄の記憶がありません。だから、ずっと一緒に暮らしている僕がいるのになんで兄のことばっかり、と精神を病んだ母に複雑な思いを持っていました。  遠くても、兄が幸せに生きている、そのことが母の精神の安定に寄与していたんです。母の精神が安定しているときは、母は僕にも優しかった。でも、あの事件でそれがなくなってしまった。だから、母から兄を取り上げた犯人を恨んでいました。けれど、容疑者だった、あの学校の先生は自殺してしまった。だから、恨みをぶつける場所がなかったんです」  以前、羽根井先生が「大切な人をなくした」と話していたことを思い出す。あれは、母親のことだったのではないだろうか。自分に優しかった以前の母親――。 「絶対に一番になれない辛さ」、その言葉も蘇ってくる。 「そんなある日、匿名のメールアドレスから連絡があったんです。十年前の真実を知りたくないか、と。そのあと、藤堂さん、あなたの詳細な情報が送られてきたんです。そこにはあなたがあの日兄を呼び出したことも書いてあり、僕はあなたが真犯人だと考えたんです。今思えば、そう考えるように仕向けられていました。病院から電話があって届けたっていうあの日比谷先生のパスケース、本当は病室で日比谷先生が寝ている隙に自分で盗んで、あとで渡しに行ったんです。日比谷先生と特別な接点を持ち、尊さんのことを探るために……」
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