6 記憶のかけら

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 十年前のあの日、夏祭り――咲子の見舞いに雪斗が行ってしまったあと、私も本当はそのまま帰ろうとした。尊にりんご飴をもらった後に。  でも、花火が美しくて、あまりにもきれいに散っていくんだもん。あの場所で待って、雪斗が今日戻ってこなかったら、もう、雪斗のことを本当に諦めるつもりで、賭けのつもりで一人で屋上に戻ったの。  屋上の扉の前まで行ったら中で言い争ってる声が聞こえた。  それが、寺島先生と雪斗だった。  寺島先生は雪斗につかみかかろうとして、それを止めに入った私が落ちそうになった。それを助けようと手を伸ばした雪斗の足がもつれて、雪斗は転落してしまった――。  そのときにミサンガが切れた。  指で覚えていた、ほつれた糸の感触は本物だった。  混乱の中で、ミサンガは失くなったものだと思っていたけれど、多分、あのとき隠れて実は屋上にいた渚が回収して、ずっと持っていたのだろう。 「渚は一部始終を隠れて見てたから、そこで起きたことを全部知ってた。寺島先生がビルから出ていく姿を見たって証言して、不倫の噂や、怪しいって仕向けたのも渚……渚は」  尊は溜息をつき諦めたように話し出す。 「事故であれ、雪斗が転落した直接の原因に亜子がいることを隠して、亜子のことを守るふりをしながら、一方でその恩を亜子に忘れさせないようにするつもりだった。亜子に執着することで自分自身の価値を確かめようとしてたあいつにとって、それは都合のいいシナリオだからな。でも、亜子は事件の記憶の一部をなくしてしまった。  記憶のことで、シナリオがうまく行かないとなって、今度は亜子と俺を引き剥がそうとした。それで写真や羽根井という男、着信履歴の件を通して、雪斗の事件について、亜子が俺に対する不信感を持つように仕向けたつもりだったけど、最終的には引き離すまでには至らなかった。  だから、この前、屋上で無理矢理、事故の原因のことを亜子に思い出させようとしたんだ。亜子にとって鷹野が必要な存在だという意識を植え付けるためにな」
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