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***
幼馴染の優斗はとても優しい。
というか、怒ったところを見たことがない。
遊ぶ約束をすっぽかした時も、私の不注意で先生に絶賛された優斗の書き初めを破ってしまった時も、おやつが足りなくて我慢することになった時も、優斗が取り乱すことはなかった。
優斗は我が儘を通すこともなければ、不満を口にすることもない。
不機嫌を表すこともなければ、周りに当たり散らすこともない。
優斗の懐の深さは、本当に凄い。
実際、幼馴染というだけで、優斗と比べられることはたくさんある。
だけど、あまりにも凄すぎる優斗に対して尊敬こそすれども、逆恨みする気持ちは一切なかった。
ただただ、優斗という凄い人と幼馴染であることがとても誇らしかった。
***
昔はただただ、優斗のことを『凄い』としか思わなかった。
というか『凄い』以外に考えようともしなかった。
だけど『凄い』事実が成り立っている原動力に、幼馴染の私と関わり続ける限り『碌なことがない』と割り切ってしまった結果だと仮定すると……。それは何も『凄い』ことではないだろう。むしろ、無理やり『大人にさせてしまった』という可哀想な事実になるのではないだろうか。
…………。
ぶっちゃけ、自信がない。
負けん気だけは一丁前に、悪気はなくともしょっちゅう迷惑を掛けていた事実の数々を思い返せば、優斗が自分の意見を伝えることを諦めたとしても納得の展開だ。
そう気付いた瞬間が、私の修羅場だった。
***
「……で。どういうつもりなの、可奈?」
「え? 何が?」
迷惑な幼馴染がいる限り、優斗は自分の気持ちを押し込むだろう。
だから、優斗と距離を取ろうと思ったのだけど……。
「何が? って、明らかに無視して、しらばっくれるつもりか」
「え、っとー……」
初めて見る優斗の態度に動揺してしまう。
穏やかで、何が生じても動じない優斗。
優しくて、怒りという感情を知らない超人的存在。
だけど、それは迷惑な幼馴染がいる限り、仕方がない人生と割り切り、諦めた結果ならば……。優斗を取り巻く世界から迷惑な幼馴染は退散しようとした。はずなのに…………!
『何で、私が退散しようとしたら怒るんだろう? え、でもでも、優斗が割り切り人生(仮)から脱したのなら、ひとまず退散チョイスでオッケーだったんだよね?』
グルグルと頭の中で考えてはみるものの、答えの検討さえ付かない。
ただでさえ難しく考えること苦手なのだ。
状況も理解できず、ますます言葉が詰まってしまう。
「…………」
優斗が怒っていることだけは分かる。
だけど、何が怒りに繋がったのか。まるで理解できない。
私がいない方が、優斗は感情を表に出しやすい。
……それは事実。
優斗の怒りの引き金になったのは、私自身。
……これも事実。
だったら……。
「私が優斗の傍にいない方が、優斗が自由じゃないの?」
「……は?」
「優斗、私のせいで怒ってるでしょ? だけど、傍にいなければ怒れるわけでしょ? なら、感情を出せるように傍にいない方がいいでしょ?」
「……あー。なるほど。なるほど。そういうことか」
私の説明を一通り聞いた優斗は、一気にクールダウンする。
そして、そんな優斗の姿を見ていた私もしおれてしまう。
【私が傍にいると、優斗は感情を押し殺してしまう】
あくまで仮定にすぎなかったけれど、実際に目の当たりにすれば、否が応でも痛感する。
自分は優斗にとって、害悪でしかない。
そう思って、何も言わず立ち去ろうとした時だった。
「え、何。可奈としては、俺に怒りまくって欲しいわけ?」
「いや、怒りまくって欲しいといったら語弊があるんだけど……」
「じゃあ、ちゃんと言葉にしてみて」
ね、と言いながら、圧をかけてくる優斗はちょっと珍しい。
と言うか、何となく怒りを含めているような言い回しにしてくるのは、私の意向を汲んだ結果ということだろうか……。
「え、えーっと。昔からさ、遊ぶ約束すっぽかしたり、書き初め破ったり、迷惑かけても、優斗は全く怒らないじゃない」
「んー……。それは、怒るに値しないことだからねえ」
「それが! もしも、迷惑な幼馴染である私と関わり続ける限り、仕方のないことと割り切って、諦めた結果だとしたら」
「……え、え」
「本当に申し訳ない、そう思ったのよ」
「ちょーっと待って!!」
優斗にとって、予想外の言葉だったらしい。
珍しく語気を荒らげて、優斗がツッコミを入れる。
「可奈に対する諦めから、俺の怒りの感情が消えたと思っていた。そういうこと?」
うんうんと力強く首を縦に振る。
その様子を見届けて、優斗はがっくりと項垂れる。
「え、えーっと。どうしたの、優斗……」
「どうもこうもないよ。さっきも言ったんだけどさ、別に無理もしてなければ、可奈のことを呆れてもいない。怒るに値しないことばかりだと、本気で思っているだけだから、何とも的外れな心配というか」
「的外れ……?」
「そっ、的外れ。確かに昔から可奈は遊ぶ約束をすっぽかしたり、物壊すこととか、しょっちゅうだったけどさ」
「うううう……」
「悪気がないのも知ってるし。可奈、ちゃんと謝るし」
「でもさ、何度も続いたら流石にブチ切れるものじゃないの?」
「んー。だけど、そんな可奈と遊びたいと思う気持ちの方が大きかったんだから、やっぱり怒るに値しない。取るに足らないことだったんだよ、俺にとってはさ」
そう言って、優斗は私の瞳をしっかりと見つめてくる。
いつもと変わらない優しくて穏やかな瞳を見れば、嘘を吐いてるなんて思えなかった。
「……ありがとう、優斗」
感謝の気持ちを述べたら、一件落着!
というわけにもいかなくて……。
「え、でも。じゃあ、どうして、さっき怒っていたの?」
「……え、可奈。まだ分かんないの? それは……」
優しい優しい幼馴染の初めての怒り。
その真実がもたらすのは、迷惑なだけな幼馴染からのレベルアップ。
【Fin.】
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