0人が本棚に入れています
本棚に追加
Twitterで見かけたパンケーキの画像が、頭から離れなかった。
ふわふわした丸いパンケーキが三枚積まれて、タワーになっている。パンケーキの間には真っ白いクリームと真っ赤な苺が挟まっている。上のパンケーキは下よりも小さくて、三段重ねのデコレーションケーキのようにも見える。一番上にはカットした苺が花びらみたいに広がって、真ん中には丸々とした苺。パンケーキ、クリーム、苺。それだけ、と言えばそれだけ、なのだけど、パンケーキのふくらみといい色といいクリームの質感といい、盛りつけ方といい、完璧、なのだった。これが食べたい。これじゃなきゃだめ。他の苺のパンケーキじゃない。
食べに行かなきゃ、と思ってお店を確認して、困った。隣の県だ。片道で一時間ぐらいはかかる。それでも行くつもりだけど、付き合ってくれる人がいるだろうか。お店は別に有名店というわけでもない。私がどうしてもどうしてもこれがいい、というだけだ。というか、話せば付き合ってくれる人はいるかもしれないけど、私のこだわりだけに付き合わせるには気おくれしてしまう。どうしよう。
と考えて、ふと気づいた。
一人で行けばいいんだ。
大学生になって一人暮らししても、一人でカフェには入ったことがない。学食にはさすがに行くけれど、カフェには一人で入る選択肢がなかった。誰かと行く場所だ。
でも一人で行ったっていいんだ。
そう思うとわくわくした。怖さの交じったわくわく。別にパンケーキぐらい、一人で食べに行ったっていいに決まってる。他の人がやってても、なんとも思わない。でも私はやったことない。やったことないことは、特別だ。
日曜日、お気に入りのワンピースにタイツに歩きやすいブーツ。鞄には文庫本を二冊と誕生日にもらったミニ水筒にほうじ茶を入れて、意気揚々と電車に乗った。本を入れているときはいつもそうだけど、結局スマホを弄っている間に目的地に着いてしまった。鞄が重たい。
知らない駅を降りると、街の形も普段見ているところとは違う気がする。それぞれ違う街なのは当たり前なんだけれど、道路の幅とかお店の奥行とか、街の文法が違う、という気がする。地図を見てお店の場所を確認して、知らない道を歩く。ドライフラワーがたくさん飾ってある雑貨屋さんを見かけて、あとで寄ろうと決める。
「あれ」
聞き覚えのある声に振り向くと、同じ学科の佐藤くんが立っていた。白いシャツに黒いパンツ。いつもシンプルだけど清潔感があってかっこいい男の子だ。爽やか。
「岬さんこのへんなの?」
「え、ちがうけど。佐藤君は?」
「俺んちこの近く」
「え、大学遠くない?」
「兄貴の家大学の近所だから、半分ぐらいはそこに泊めてもらってる」
「そうなんだ……」
びっくりした。
私がパンケーキをどうしても食べたくてここに来たことを話すと、佐藤くんは笑った。
「岬さん、面白い人なんだ」
「そうかな……」
「その店俺行ったことあるけど、一緒に行く? パンケーキ付き合うよ」
あら。
私は一瞬だけ迷って、首を振った。
「初めての一人カフェだから、一人で行きたい」
佐藤くんは声を出して笑った。
「岬さん、面白い人だね」
「そうかな……」
「面白いよ。うん。じゃあ、頑張ってね」
そう言われたので、ちょっと勇ましく頷いた。
「また食べたいパンケーキあったら、今度は一緒に行こうよ」
私はまた一瞬だけ迷って、
「よろしく」
と言うと、佐藤くんはにっこりした。爽やかだ。いい人。
男の子とカフェに行くのも、そういえばやったことがない、と気づいて、私は少しだけ、どきどきしてきた。
最初のコメントを投稿しよう!