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 探偵はそう言うと、刑事の顔をまじまじと見ながら 「ところで、君は自殺を考えたことがあるかい?」 刑事は突然の質問に目を丸くしながら 「いや・・・唐突に何なんだ?今回の事件と何か関係が?」 「いいから。とにかく、自殺をしようとした経験があるかどうか聞きたいんだ」 そう言われて、刑事は頭をかきながら 「その経験は無いよ。幸いにもね」 それを聞くと、探偵は人差し指を自分のこめかみに置いて 「そこだよ。今回の事件、自殺にしては不自然な点があるんだ。自殺に見せかけて殺しを隠そうとしたのさ。でも犯人は自殺の経験がない、いわば自殺初心者だったんだ。君と同じようにね。 初めて、というのは何かと失敗しがちなものさ。だから今回も不自然な点が出てきてしまった」 探偵はそこで一息つくと、さらに続けて話し出した。 「被害者はまず犯人に眠らされた。飲み物にでも睡眠薬をいれられたんだろう。 そして犯人はロープの輪を被害者の首にかけ、片方のロープを天井の梁の部分に結び付け、そこでロープが引っ張られると結び目ができて、ロープが梁に固定されるように仕掛けを作っておいたんだ。 さらに結び目の先あたりにワイヤーのような細く丈夫で切れないものを結び付けておく。 そしてワイヤーの先を隣の部屋まで引っ張っていき、クリーニングの全自動仕分け機械の可動部分に結び付けたんだ」 刑事は固唾を飲んで聞き入っている。 「そこまですれば、後は機械が自動的にやってくれる。 朝になって機械が動き出せばワイヤーが引っ張られる。何トンもあるクリーニング済みの衣服の山をうごかせるだけの機械だから人ひとり持ち上げるぐらいわけはない。 ワイヤーが巻き上げられ、それに結んだロープも引っ張られる。 そして店長も空高く吊り上げられたというわけだ。被害者が限界まで吊り上がって天井の梁につっかえると結び目が出来る。さらにワイヤーが巻き上げられるとロープが千切れて、ワイヤーは隣の部屋へと引っ張られていく。 これが今回クリーニング店で起こった殺人事件の真相さ」 探偵は言い終わると満足そうな顔をしながら、顎を親指でなでた。 「だからロープの先が千切れたようになっていたのか」 刑事はようやく口を開いて言った。 「その通り。このトリックを使えば、自分が現場にいなくても犯行を行える。犯人のアリバイ作りにはうってつけなんだ。しかしこのトリック大きな欠陥がある」 「欠陥?それはいったい・・」 刑事が身を乗り出して聞いてきた。 「機械で引っ張ったワイヤーを回収しなければならない。死体があるすぐ隣の部屋にある機械にそんな不自然な物がが巻き付いているのを警察に発見されてしまったら即疑われてしまうからな」 探偵の推理を聞き、刑事は 「そうか、だとすると犯人は開店前の施錠された店内に出入りすることができ、なおかつ後々証拠を回収できる人物ということになる。となると犯人は・・・」 刑事がそう言うと、探偵は頷き 「犯人は第一発見者の店員だ。動機は、金だろうね。被害者は様々なところから借金をしていたようだし、店員とも金の貸し借りでもめたんだろうな。 事件現場はまだ警察関係者以外誰も入れないんだろう?それなら証拠となるワイヤーもまだ機械に残っているはずだ」 探偵の推理を一通り聞き終わった後、刑事は大きく息を吐くと、 「そんなトリックがあるとはね・・・しかし話を聞いただけでよくここまで分かったな。君は現場を見てもいないのに」 「昔から推理は得意でね、君が大学時代に浮気がばれて彼女ともめたときも解決してやっただろう」 「あれは浮気じゃない、誤解だったんだ」 「でも君。包丁で刺されそうになって半裸で家を飛び出して、私のアパートまで駆け込んできたじゃないか」 「いやあれはその・・・」 「追いかけて怒鳴りこんできた彼女の誤解を私が推理して解いて、なんとか追い返したんじゃないか。君あのとき泣いて礼を言っていただろう」 「泣いてない、断じて」 刑事が慌てて文句言うと、探偵は愉快そうに笑った。 「しかしどの時点で怪しいとあたりをつけたんだ?」 「確信したのは被害者の体から睡眠薬が検出されたと聞いた時だな、そこでピンときた」 「でも自殺を考えているような精神状態だとしたら睡眠薬を飲んでいたっておかしくないだろう。 そのうえで首を吊ったのかも」 刑事がそう言うと探偵は 「睡眠薬を常用していたのならまだしも、睡眠薬を飲んだ後、首を吊るというのはどうにも不自然に思えてね。 だって、いざ首を吊ろうってのに眠くなっちゃ手元がおぼつかないだろう。 睡眠薬を大量に飲んで死のうとするのならば、そもそも首を吊ろうとは思わないしね」 探偵がそう言うと、刑事は少し首を傾げて 「いや、本当にそうかなぁ。君はずいぶん自信満々に言い切るね。 そもそも何で君は犯人が自殺をしたことがない、自殺初心者だって分かったんだい?」 探偵は少し間を置くと目を細めて、ゆっくりと口を開いた 「分かるさ。私もかつて同じやり方で死のうとしたからね」  刑事が目を見張り、なんとか口を開くと 「お、おいおい、本当なのかそれ?」 探偵は笑うと 「でもしくじってね。睡眠薬を飲んでフラフラの状態になると、椅子に乗るのさえ難しくなる。 そこからロープで首を通す輪っかを作り、さらにロープを結ぶとなると、もうとても無理だった。 私はその時点で立っていられなくなり椅子から転げ落ちて、吐いて気を失ったよ。 初めての自殺は散々な結果に終わったということさ」 そう言うと探偵はカップを手に取り、新しいコーヒーをいれに席を立った。
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