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ベーシック 丑の刻参り
人差し指と親指で五寸釘を固定しつつ、その手のひらの側面で、藁人形を押さえつけなさい。
槌をしっかりと握りなさい。
深呼吸して。
呪い殺したい相手をイメージして――。
今です! 釘に目がけて振り落としなさい!
打て! 打て! 打ちなさ――い!
――赤坂ァ、死ねぅえ!!
私は、講座「ベーシック 丑の刻参り」を受講している。
私の担任、赤坂を呪い殺すためだ。
「素晴らしい、よくできました」
五寸釘が、藁人形の心臓あたり、ちょうど真ん中に命中していて、支えの厚い木材まで貫通していた。
先生から褒め言葉をもらえる上出来だ。
だが、私は不満だった。
一年も、「ベーシック 丑の刻参り」を受講し続けている。いいかげん、「ベーシック」クラスから、「実践」クラスへ上がらしてほしい。「ベーシック」クラスでは、白装束なしに室内で行うため、現実味がわかない。
「先生、私はいつになったら、実践クラスへ上がれるのでしょうか」
いらだちながら言った。
「君は、もう少し時間がかかりそうだ」
「なぜです?」
「君は、まだ初心者だ。人を呪い殺すことについて、甘く考えている」
「馬鹿にしないでくださいッ! 早く、早くしなければ、赤坂をやる前に私が卒業してしまいます」
私は、卒業間近の中学三年生。あんな高校に入学するはずじゃなかった……。
赤坂は、私の担任で国語も教えていたが、一学期の国語の成績に、五段階評価で三をつけた。そのおかげで、志望校を推薦受験するという計画がぶち壊しになり、今まで五教科オール四を必死に取り続けた努力も、水の泡になった。
私の人生を狂わせた赤坂が憎い。この憎しみは誰にも負けない。それなのに、なぜ考えが甘いのだ。
「先生、納得できません!」
私は、顔を伏せたまま椅子に座る先生を、キッとにらみつけた。
しばらく無言が続き、間が悪く感じたのだろうか、先生は立ち上がって、そのまま壁際の机に向かい、連絡用のメモ用紙に何か書き始めた。そして踵を返すと、私にそのメモ用紙を渡した。
「深夜一時半、ここの神社に来なさい。白装束や蠟燭、藁人形などは私が準備します。あなたは、呪い殺したい人の髪の毛を、一本持ってきなさい」
そのメモ用紙に、神社の地図があっさりと書かれていた。
私は深くお辞儀をした。
「では、今夜」
先生が教室から出て行こうとする、その後ろ姿が、何だか暗く悲しい感じがした。
だが、先生は私を認めてくれたのだ。絶好のチャンスをくれたのだ。
ついに今夜、赤坂に死の呪いをかけることができるのだ。
とてもお腹が空いて、急ぎ足で家に帰った。
「何か嬉しいことでもあったの?」
胸がわくわくして笑みがこぼれる。
不思議そうに見る母親には、学校でいいことがあったと適当な嘘をついといた。
「来週学校でテストがあるんだ。夜遅くまで勉強するから、部屋には入ってこないでね」
「もう高校も決まってるんだから、そんなに頑張る必要ないんじゃない?」
「ううん。最後だから頑張るの」
そう、最後だから、余計に頑張るのだ。
「お前は偉い子だな」
「でしょ、パパ」
もともと、両親は私のやることに対して、監視したりすることがあまりない。こう念を押しとけば、深夜に私の部屋に来ることはまずないだろう。
呪いの成就には一週間必要だ。
一週間も嘘をつけるか心配だが、まあ何とかしよう。
赤坂の髪の毛をポリ袋に入れて、リュックにしまった。
二月末の真夜中。かなり寒いはずなので、防寒服に着替え、カイロもたくさんリュックに入れた。
玄関まで忍び足。
そういえば、赤坂の髪の毛を引っこ抜いたとき、ほんとに嫌な顔をしていたな。
うふふと、思い出し笑いをしたい気持ちを抑えて、静かに出て行った。
その神社は、闇と一体化しているのではと思ってしまうぐらい、暗く重い感じがした。
境内の先で明かりがゆらゆらと揺れていて、こんなに暗くても、先生を見つけることに迷うことはなかった。
「先生、よろしくお願いします」
私が挨拶すると、「これを着るんだ」「これを頭にのせるんだ」「髪の毛を藁人形にセットしなさい」「五寸釘と槌を持ちなさい」と、さっさと終わらせるぞと言わんばかりのスピードで準備が進んでいった。
二時になった。
打ちなさいと、背後から先生の声が聞こえた。
赤坂、一週間後にはお別れよ――。
カ――ン、カ――ン、カ――ン……。
何て気持ちのいい音。
冬の澄んだ空気を割くような感じ……素晴らしい……。
あっと言う間に、今日の呪いの儀式は終わった。
その日の朝。木曜日。
白装束など儀式用の一式を、クローゼットへ大事にしまった。
先生からの借り物だし、お母さんに見つかっても困る。
いつもと何だか違う登校。
さて、赤坂はどうでしょうか。
チャイムが鳴ると、普段と変わらず赤坂が教室に入ってきた。
顔色もいい。
なーんだと思ったが、胸のあたりをさすっているような感じで、もしやと思った。
金、土、日とかかさず呪いの儀式を行った。
もうだいぶ慣れてきて、先生も土曜日から来なくなった。
深夜一人の神社は、もちろん恐ろしいが、成就させるためには我慢。
月曜日。
赤坂が学校を休んだのだ。
臨時の先生が言うには、日曜日に突然倒れて、意識不明で入院したとのことだ。
嬉しくて、心臓の鼓動が速くなっていた。
この調子なら、赤坂をやれる。
火曜日になった。
このクラスの生徒が、担任の赤坂に呪いをこめて、藁人形を打っているなんて誰が想像しているだろう。
明日、実行すれば望みが叶うはずだ。
チャイムが鳴ると、今日も臨時の先生がやってきた。
「えー、赤坂先生から、みんなに手紙があります。赤坂先生、みんなの卒業式には出ることができません。みんなに謝りたいということで、クラス全員に手紙を書いてくれました。名前を呼ぶので、一人ずつ取りに来てください」
名前の順に進み、私の名前が呼ばれた。
今更、どういうつもり……。
その質素な手紙を机に置いた。
なぜかわからないが、両手が微かに震えている。
これは罪悪感?
そんなのあるわけないじゃない。
そもそも、赤坂が悪いのよ! 読んでやるわ!
読んで後悔した。
だって、赤坂のくせに、私に謝ってるんだもん……。
私は急いで電話をした。この呪いの儀式を止めたかった。
「無理です」
先生は素気なかった。
「何か方法はないんですか! お願いします! 何でもします」
私は泣きながら訴えた。
「だから、あなたには無理だと言ったのですよ……。藁人形を逆様にして打ちなさい」
「よかった! 方法があったんですね!」
「残念ですが、これをしますと、呪い返しが起きます。呪い返しは……どういうことが起きるか、講義で教えましたよね?」
「えっ……呪い返し……」
私自身に、呪いが倍に返ってくる。
私が死ぬ。
人を呪わば穴二つ……。
いや、私の穴だけよ、まったく……。
藁人形を逆様にして、釘を打ち付けた。
赤坂は助かるが、これから私には、どんな恐怖が襲ってくるのだろうか。
「君は、まだ初心者だ」と言った先生の言葉を思い出した。
私は未熟者でした。
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