ベーシック 丑の刻参り

1/1
前へ
/1ページ
次へ

ベーシック 丑の刻参り

 人差し指と親指で五寸釘を固定しつつ、その手のひらの側面で、藁人形を押さえつけなさい。  槌をしっかりと握りなさい。  深呼吸して。  呪い殺したい相手をイメージして――。  今です! 釘に目がけて振り落としなさい!   打て! 打て! 打ちなさ――い!  ――赤坂ァ、死ねぅえ!!      私は、講座「ベーシック 丑の刻参り」を受講している。  私の担任、赤坂を呪い殺すためだ。 「素晴らしい、よくできました」  五寸釘が、藁人形の心臓あたり、ちょうど真ん中に命中していて、支えの厚い木材まで貫通していた。  先生から褒め言葉をもらえる上出来だ。  だが、私は不満だった。  一年も、「ベーシック 丑の刻参り」を受講し続けている。いいかげん、「ベーシック」クラスから、「実践」クラスへ上がらしてほしい。「ベーシック」クラスでは、白装束なしに室内で行うため、現実味がわかない。 「先生、私はいつになったら、実践クラスへ上がれるのでしょうか」  いらだちながら言った。 「君は、もう少し時間がかかりそうだ」 「なぜです?」 「君は、まだ初心者だ。人を呪い殺すことについて、甘く考えている」 「馬鹿にしないでくださいッ! 早く、早くしなければ、赤坂をやる前に私が卒業してしまいます」    私は、卒業間近の中学三年生。あんな高校に入学するはずじゃなかった……。  赤坂は、私の担任で国語も教えていたが、一学期の国語の成績に、五段階評価で三をつけた。そのおかげで、志望校を推薦受験するという計画がぶち壊しになり、今まで五教科オール四を必死に取り続けた努力も、水の泡になった。  私の人生を狂わせた赤坂が憎い。この憎しみは誰にも負けない。それなのに、なぜ考えが甘いのだ。 「先生、納得できません!」  私は、顔を伏せたまま椅子に座る先生を、キッとにらみつけた。  しばらく無言が続き、間が悪く感じたのだろうか、先生は立ち上がって、そのまま壁際の机に向かい、連絡用のメモ用紙に何か書き始めた。そして踵を返すと、私にそのメモ用紙を渡した。 「深夜一時半、ここの神社に来なさい。白装束や蠟燭、藁人形などは私が準備します。あなたは、呪い殺したい人の髪の毛を、一本持ってきなさい」  そのメモ用紙に、神社の地図があっさりと書かれていた。  私は深くお辞儀をした。 「では、今夜」  先生が教室から出て行こうとする、その後ろ姿が、何だか暗く悲しい感じがした。  だが、先生は私を認めてくれたのだ。絶好のチャンスをくれたのだ。  ついに今夜、赤坂に死の呪いをかけることができるのだ。  とてもお腹が空いて、急ぎ足で家に帰った。 「何か嬉しいことでもあったの?」  胸がわくわくして笑みがこぼれる。  不思議そうに見る母親には、学校でいいことがあったと適当な嘘をついといた。 「来週学校でテストがあるんだ。夜遅くまで勉強するから、部屋には入ってこないでね」 「もう高校も決まってるんだから、そんなに頑張る必要ないんじゃない?」 「ううん。最後だから頑張るの」  そう、最後だから、余計に頑張るのだ。 「お前は偉い子だな」 「でしょ、パパ」  もともと、両親は私のやることに対して、監視したりすることがあまりない。こう念を押しとけば、深夜に私の部屋に来ることはまずないだろう。  呪いの成就には一週間必要だ。  一週間も嘘をつけるか心配だが、まあ何とかしよう。  赤坂の髪の毛をポリ袋に入れて、リュックにしまった。  二月末の真夜中。かなり寒いはずなので、防寒服に着替え、カイロもたくさんリュックに入れた。  玄関まで忍び足。  そういえば、赤坂の髪の毛を引っこ抜いたとき、ほんとに嫌な顔をしていたな。  うふふと、思い出し笑いをしたい気持ちを抑えて、静かに出て行った。  その神社は、闇と一体化しているのではと思ってしまうぐらい、暗く重い感じがした。  境内の先で明かりがゆらゆらと揺れていて、こんなに暗くても、先生を見つけることに迷うことはなかった。 「先生、よろしくお願いします」  私が挨拶すると、「これを着るんだ」「これを頭にのせるんだ」「髪の毛を藁人形にセットしなさい」「五寸釘と槌を持ちなさい」と、さっさと終わらせるぞと言わんばかりのスピードで準備が進んでいった。    二時になった。  打ちなさいと、背後から先生の声が聞こえた。    赤坂、一週間後にはお別れよ――。  カ――ン、カ――ン、カ――ン……。  何て気持ちのいい音。  冬の澄んだ空気を割くような感じ……素晴らしい……。  あっと言う間に、今日の呪いの儀式は終わった。    その日の朝。木曜日。  白装束など儀式用の一式を、クローゼットへ大事にしまった。  先生からの借り物だし、お母さんに見つかっても困る。  いつもと何だか違う登校。  さて、赤坂はどうでしょうか。  チャイムが鳴ると、普段と変わらず赤坂が教室に入ってきた。  顔色もいい。  なーんだと思ったが、胸のあたりをさすっているような感じで、もしやと思った。  金、土、日とかかさず呪いの儀式を行った。  もうだいぶ慣れてきて、先生も土曜日から来なくなった。  深夜一人の神社は、もちろん恐ろしいが、成就させるためには我慢。    月曜日。  赤坂が学校を休んだのだ。  臨時の先生が言うには、日曜日に突然倒れて、意識不明で入院したとのことだ。  嬉しくて、心臓の鼓動が速くなっていた。  この調子なら、赤坂をやれる。  火曜日になった。  このクラスの生徒が、担任の赤坂に呪いをこめて、藁人形を打っているなんて誰が想像しているだろう。  明日、実行すれば望みが叶うはずだ。  チャイムが鳴ると、今日も臨時の先生がやってきた。 「えー、赤坂先生から、みんなに手紙があります。赤坂先生、みんなの卒業式には出ることができません。みんなに謝りたいということで、クラス全員に手紙を書いてくれました。名前を呼ぶので、一人ずつ取りに来てください」  名前の順に進み、私の名前が呼ばれた。  今更、どういうつもり……。  その質素な手紙を机に置いた。  なぜかわからないが、両手が微かに震えている。  これは罪悪感?  そんなのあるわけないじゃない。  そもそも、赤坂が悪いのよ! 読んでやるわ!    読んで後悔した。  だって、赤坂のくせに、私に謝ってるんだもん……。  私は急いで電話をした。この呪いの儀式を止めたかった。 「無理です」  先生は素気なかった。 「何か方法はないんですか! お願いします! 何でもします」  私は泣きながら訴えた。 「だから、あなたには無理だと言ったのですよ……。藁人形を逆様にして打ちなさい」 「よかった! 方法があったんですね!」 「残念ですが、これをしますと、呪い返しが起きます。呪い返しは……どういうことが起きるか、講義で教えましたよね?」 「えっ……呪い返し……」  私自身に、呪いが倍に返ってくる。  私が死ぬ。  人を呪わば穴二つ……。  いや、私の穴だけよ、まったく……。  藁人形を逆様にして、釘を打ち付けた。  赤坂は助かるが、これから私には、どんな恐怖が襲ってくるのだろうか。  「君は、まだ初心者だ」と言った先生の言葉を思い出した。    私は未熟者でした。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加