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後期学期後期のルクリア
最近。休み時間のひとつだけ、私はラナンと離れている。
「ご友人と話す時間も必要よ!」そう言って。ネモフィラ様がもぎ取ってくださった時間。ふふ。
いつも、ネモフィラ様がご紹介くださったご令嬢たちのお話を。聞かせていただいているんだけど。
・・・今日は。
昨日の結婚式の興奮冷めやらぬまま。
皆様の前で。
大聖堂が!ウェディングドレスが!音楽が!誓いの言葉が!・・・と。
たくさん語ってしまった。
ふふふ。と笑われたネモフィラ様。
「ルクリア様がすごくおしゃべりだわ」
ちょっと恥ずかしくなっていると、おひとりが。助けてくださる。
「あら、当然ですわ!ネモフィラさま。
あの大聖堂での結婚式ですのよ!感動しますわ!
わたくしも先月、従姉の結婚式に出席しましたの!お気持ちわかりますわ!」
そう言っていただけて嬉しい。
「あの大聖堂は素敵ですもの!あぁぁ。わたくしもきっとあすこで式を挙げますわ!」
その言葉に。右隣のご令嬢は寂しそうになさる。
「すごく羨ましいわ。
私は、卒業後に商家に嫁ぐんですの。だから、大聖堂で結婚式はできませんわ。あすこは貴族家だけが使えるんですもの」
「あら、商家だなんて言い方。宿泊業では王都一の商会だと存じ上げてますわよ。
資産家のお家。わたしこそ羨ましいわ。
・・・わたしが嫁ぐ男爵家の嫡男は王宮官吏でいらっしゃるの。堅実なお家だけど・・・贅沢はできませんわ」
「堅実が一番ですわよ。それにあすこは歴史のあるお家だし」
「なによりとても素敵な男性じゃないですか。ひとめ惚れなさったと知っておりますわよ?」
有名な話らしくて。皆様が一斉にくすくすとお笑いになる。彼女は嬉しそうに頬を染められる。「いやだわ。皆様からかわないで」
みんな、婚約者がいらっしゃる。
たいていのご令嬢は卒業後1年以内に結婚なさるものだから。
結婚・・・。
「ルクリア様は?卒業と同時にご結婚ですか?」
にこやかに聞かれて。
「いえ、まだはっきりとは・・・」
言葉を濁してしまう。
「ま。焦らしていらっしゃるの?・・・いつも仲睦まじくてうらやましいわ。
わたくしは政略結婚ですの。今時珍しいでしょう?
・・・ですから実は。恋をしてみたかったと思っておりますわ。
別に婚約者に不満はないんですけど。ただ・・・。
3つ年上の方で、わたくしと同じ年の妹がいらっしゃるの。それで、わたくしのことも妹のように扱われるのよ・・・正直、なんだか嫌なんですの」
それすごくわかる。
「わかります!私も子ども扱いされますから。
すごく嫌なんですけど・・・すっかりいろいろ露見してしまって。
私の悪いところばかりご存じですから・・・仕方ないとは思ってますわ。
でも・・・。
淑女として見られたいな、と思ってしまいます」
最近特に私を甘やかすんだもの。いつだって、一人前の女性として扱ってほしいわ・・・。考え込んでしまって。
・・・あら?静かだわ。
はっと顔を上げると。
5人とも三日月形の目になっていらっしゃった。にやにや。そんなお顔。
「恋ですわねぇ」にやりとネモフィラ様が仰る。
「いつだって、淑女として見られたい。・・・ルクリア様の気持ちわかりますわ」
・ ・
「俺は今すぐにでも結婚したいんだけどね」
前の休み時間の話が聞こえていたらしくて。ラナンはすっと私の手を取る。
自分の顔が赤くなるのがわかるわ。
『盗み聞きはいけないのよ』
『君たちの声が大きかっただけさ』・・・失礼だわ。
プラタナス様が合図なさって。ラナンは4人に結界を張った。
新しいお母様の事を。実母と一緒に我が家に来た人だと言う訳にはいかない。
でも。ネモフィラ様には。ずっと私のそばにいてくれた人だと言いたくて。
「実は。すでに母親のように思っていた人だったんです」
そう伝えると。うんうんと頷かれて。
「それは、アンナ様ね?」とネモフィラ様は名前を当てられた。
?!
びっくりして何も言えずにいると。
「ふふふ。種明かしは、マリーよ。
彼女は子爵家へお邪魔してるでしょう?ルクリア様を迎えに行ったあの時。
そこでアンナ様と話してるの。
・・・マリーもまた、伯爵家の出身だから。
彼女の様子に気づいて、不思議な女性だとわたくしに言っていたのよ。
マリーも疑問が解消されてきっとすっきりするわ。・・・あ。言ってもよろしいかしら?」
「もちろんですわ。でもやはり、伯爵家の方でしたのね。私もあの美しい姿勢に見とれましたもの」
「マリーの?
ふふふ。そう言われたら、きっと彼女は喜ぶわ。ありがとう」
アンナ母様は。対外的には、政略結婚のお相手だと思われている。
少し事情を知っている人には。
父様と私たちの家族になってほしいと願って、フォーボート侯爵であるお祖父さまが。侍女として寄越した伯爵家の女性。だということになっている。
プラタナス様とネモフィラ様にも、そんな風に勘違いしてもらえるような言い方で。
ラナンは、私の話を補足してくれた。
プラタナス様はにこにこと聞いてくださっていたんだけど。
「結婚か・・・」とふと呟かれる。
「あら?
王子妃候補がおふたりになって、少しは実感がわかれました?」
ネモフィラ様は揶揄うような口調。
「・・・そんな・・・。いや、うん。そうかもしれない。
まだまだ先のことのような気がしていたんだな・・・」
プラタナス様は辛そうな表情をなさったので、私たちははっとしてしまう。
「さっきも言いましたけど。俺は早く結婚したいですよ」
ラナンたら。雰囲気を明るくしようとしたのはわかるけど。
こっち見て言わないで!
「ま、ルクリアさま。顔が赤いわ、ふふふ。
・・・素敵ね。そんな風に男性から希われるって、ちょっと憧れるわ。
わたくしは、父の・・・公爵閣下の、決めた方と結婚するのだと思って生きてきたし。それに不満はないのよ。
だけど。ルクリアさまを見ていると。ほんの少し羨ましい気もするわ」
「・・・僕もだな。
候補のふたりのどちらかに、好きだな、と思えてから結婚したい。そんなことを考えてしまったよ」
「そうですわね。これからをずっと、ともに生きていくのだもの。
せめて信頼できて、好意を持てる方と。・・・そう思いますわ」
つ、と遠くを見られたネモフィラ様に。
「兄上はそうだろう?」
王太子殿下が大好きなプラタナス様は、ちょっと不満そうに聞かれる。
「あら、いやだ。
・・・いわば、一般論として申し上げましたのよ。
カーディ様の事は、もちろんご尊敬申し上げておりますわ。
わたくしは・・・。
わたくしはアスター公爵家令嬢として。あの方の隣に立つための努力をしてきたつもりです。
けれど。
他の方と結婚することになっても、きっとその努力は役に立ちますわ。そう思って頑張ってきたんです。
つまり・・・。王妃になるための努力はしていますが。
・・・別に王妃になろうと思って生きてきた訳ではないんです。
うまく説明できませんけど」
困ったようにふふふと笑われるネモフィラ様は。なんだか可愛らしかった。
どれだけの努力をなさってきたか、また今もなさっているか。
私だって一応令嬢だもの、わかるつもりでいるわ。
でもそれを、ひけらかしたりせず。自分のために頑張っているのだと言える。
やっぱり素晴らしい方だわ。
「・・・だけど。プラタナスさま?」
ネモフィラ様は顔を曇らせた。
「最近のカーディ様は少し・・・余裕がないように見えませんこと?
わたくしに不貞腐れたような態度を取ったりもなさるの。
それはそれで、付き合いやすいような気はしてますけどね。こんなところもお有りなのね。って。
ずっと、強いお兄様のように思ってきたから・・・」
ふっとネモフィラ様は口を噤まれた。これ以上はいけない。言い過ぎた。と思われたらしかった。
「不敬ですが、俺も。カーディ様を兄のように思ってますよ」
ラナンはにこりと。
「だめだ!僕だけの兄上だぞ!」
プラタナス様はわざと拗ねたように。
言葉をかけられる。
ネモフィラ様が気になさらないように・・・。
その3人の雰囲気は独特で。優しくて。
ほんの少しの疎外感を感じてしまった。・・・この方たちは幼馴染なんだわ。
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