後期学期後期のルクリア

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翌日、ラナンは学校の庭園へ私を誘った。 「授業が終わり次第、出かけるのだと思ってたわ?」 ベンチのひとつへ、彼はエスコートしてくれる。 「昨日急に連絡したから、予約できた時間が中途半端でね。 ゆっくりランチの時間はとれない。すまないけどサンドウィッチを用意した。花を見ながら食べよう?」 目の前の花壇には色とりどりの花。・・・この庭園には、同じ種類の花で整備されている花壇しかないと思っていたわ。 「綺麗ね」 シャガはバスケットをラナンのほうへ置いて。後ろへ控えた。 「食べやすいように小さく切ってもらってる」 言いながら取り出して、私の口へ運ぶ。・・・ツナとレタス。 ふふ。本当にひとくちサイズ。 「美味しい?」って聞くから。もぐもぐしながら頷く。その間にラナンは自分も数個を食べている。 次はハムとトマト。 口にいれた時、下級生が道を曲がってきて。 「ひゃあああぁぁぁ」って声を出した。 まぁ、こんな対応されるのは久しぶりだわ。 最近では。腰をしっかり抱かれて歩いていても、それほどびっくりされなくなったもの。 ・・・たいしてくっついて座ってはいないんだけどな? 「お嬢様・・・」シャガが恐る恐る?話しかけてきた。「一度聞いてみたかったんですが、いいでしょうか?」 「・・・なに?」口の中を空にしてから聞き返す。 「子爵閣下からも、サンドウィッチを食べさせてもらったり? されていらっしゃいました・・・?」 あらよく知ってるわね。 「もちろんよ。・・・他にも、果物とかお菓子とか。摘まむようなものは、手が汚れないようにってよく父様が食べさせてくれてたわ。 ゴデチアお母様も・・・・。 そういえば、一昨日、アンナ母様に同じことしようとして。いりませんって言われていらしたわ」 お母様、イチゴはお好きだったと思ったんだけど。私の勘違いだったかしら。 「あぁ、ヤッパリソウデスネェェ。慣れって怖いぃぃぃ」 ?変な返事ね。 シャガ、大丈夫?   ・  ・ 連れていかれたのはテイラーで。小さいころからドレスを頼むお店だった。 「婚約式の服を俺が取りに行ったのを覚えてる? あの店だよ」 そうそう。私の服はもう届いていたけど。ラナンの服は、お店でサイズの確認をするために。本人が行ってくれたんだったわ。 「ドレスを買ってくださるの?・・・もう要らないわよ?」本当にクローゼットはいっぱいだもの。 それに、辺境伯家御用達のお店はこことは違うわ。ラナンがこのお店で買うのは不義理になってしまわないかしら? ラナンはふふん、と笑って返事をしなかった。 「お嬢様お久しぶりでございます」店主はいつも綺麗に着飾ったおばあさんで。小さいころからおばあさんだけど。ちっとも変わらないの。お年をとらないのかしら? 「ほんとね。お店へ伺うのは1年ぶりくらいかも。お元気そうでよかったわ」 「ありがとうございます。 成長期のころには、数か月ごとにお会いしておりましたものねぇ。 少し寂しゅうございますが、大人におなりになったってことですもの。 特に、本日は試着にお越しとのことで。 やっと着ていただけるとわたくしも嬉しゅうございますわ」 試着・・・。 はっ!とラナンを睨むけど。 「さぁ、こちらへどうぞ。男性はここでお待ちくださいませね。お茶をご用意致しますので」 言いながら、奥の部屋へ案内され・・・。てしまった。 トルソーに飾ってあったドレスは。白色は白色でも・・・。 日向にいる時のしろの毛並みの色だった。 この色を選んでくれたことに・・・胸が詰まった。 プリンセスラインで。五分丈スリーブ。 可愛らしいものが似合わない私に着こなせるかしら? ・・・でも、装飾はほとんどないわね。スカートのドレープには美しい刺繡がぐるりと施されているけれど。 ウェディングドレスを試着して。 シンプルでいいかも。と思っていたら。 黒紫色のレースが運ばれてきて。 くるり、くるりと巻き付けられ。 袖は、ロングスリーブに変わる。スカート部分にもレースが重ねられる。首周りにはほんの少しだけ足された。 「いかがですか? 今はこう、婚約者様のお色を取り入れるのが流行っておりますわ」 デザイン画をいくつか、見せてくれて。 こんな風に。このドレスはまだこれから仕上げるのだ、と教えてくれた・・・。 「もう1年以上前からこの状態で、お声がかからなくて。 私どもはこの日を待っておりましたわ」 にっこりしてくださるのが申し訳ないわ・・・。 父様が頼んだ時、私はまだ。ラナンと会ってもいなかった。婚約者の色は?って聞かれても答えはなかったんだもの。 婚約者もいない私のドレスを注文。って父様、何を考えてたのかしら。 「レースの見本もご用意しておりますので、おふたりでお決めくださいませね」 部屋の隅のソファセットにはたくさんの見本がずらりと置かれた。 「では、婚約者様に入っていただきますわね」 えええ。どきどきするわ。 ・・・ラナンは部屋に入ってきた。 鏡越しに彼を見つめる。 ・・・無表情だわ。嘘でも褒めてくれると思ったのに。 すっと体が冷える。 「・・・変、かしら・・」 不安な声が出てしまう。 そんなに似合わないのかしら。似合わな過ぎて、呆れてしまったの? ラナンはいきなり跪く。 え?ま、また?!振り向くと。彼は手を伸ばしてきて。 「綺麗だ。・・・言葉が出ない。頭の中が君でいっぱいだ」 すすす、とお店の方が席を外される・・・。 いえ、居てください。 「どんな誉め言葉も足りない。俺の語彙力ではこの気持ちがあらわせない。綺麗だと何度も繰り返したい。ルクリア、綺麗だ・・・」 や、やっぱり聞かないで! しばらくふたりきりにされて。指先に唇を落としたまま離してもらえなくて。 ・・・シャガがノックして。「そろそろいいですかぁ?」と言った時にはほっとした。   ・ ラナンは本気でドレスを勉強してくれたらしくて。 これから、仕上げるのだと聞くと。 同じ色のレースを合わせてみてほしい、とか。スカート部分にもっと装飾の強いレースを、とか。 彼の言葉に合わせて、ドレスの雰囲気は変わっていく。 あ、これ好き。と思ったとき。ラナンは大きく頷いた。 「うん、やはりレースの色はドレスと同じだな」 「・・・あなたの髪色じゃなくていいの?」 つい聞いてしまう。 「先日の結婚式で、白一色のドレスが素敵だった。 チャコールグレイのスーツが花嫁を引き立てていた。 ・・・そうだな、俺も・・・。 うん。君の髪色のスーツにしようと思う」 え? 「彼女のドレスと同じ刺繍を入れたいんだが、我が家門の贔屓の店と連絡を取ってもらえるだろうか」 「もちろんでございますわ。結婚式に関しては、よくあることですので問題ございませんわ」 「では、彼女のドレスはこのレースで仕上げてほしい。それから、小さな宝石を届けさせるから、スカート部分へ散らすように縫い付けてもらいたい。 私が頼んだ分は、辺境伯家へ請求を」 「承知いたしました。・・・まぁ。まるでヘリコニア様のようですわ。 女性の服にも関心がある旦那様は貴重でございますわよ、ルクリアお嬢様」 店主や、店員の方がにこにことする。 なにかもう。いっぱいいっぱいで。・・・小さく頷くことしかできなかった。 「料金が嵩んでもいいから、急いでもらえるだろうか」 「そうですわねぇ。飛び切り急いで2週間というところでしょうか。出来次第ご連絡差し上げますわ」 ラナンは嬉しそうに私のほうを見て。 「出来上がったら、すぐに式を挙げよう」 そ、そんなわけにはいかないわよ!
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