394人が本棚に入れています
本棚に追加
絶対本気だわと焦る私と違って。
お店の方は、冗談だと思われた。
くすくすと笑われ。
「お気持ちはわかりますわ。ルクリアお嬢様にこのドレスはとてもお似合いで。とてもお綺麗ですもの」
そう社交辞令を言ってくださった。
「さて。ルクリア様にはまたお着替えですから。
ラナンキュラス様はここを出ていただきましょう。
どうぞ先ほどの部屋でお待ちくださいませ」
にこやかに。でも有無を言わさずラナンは追い出された。
ほっ。
ラナンの指定したレースの見本番号を書き留めながら。
「遅くなりましたが、お嬢様。子爵閣下のご結婚おめでとう存じます」
店主はそう、声をかけてくれる。
そして、その間も。周りで作業する店員さんへ「確実に控えてね。あの方は、この状態をきっちり覚えていらっしゃるに違いないわ!
まったく同じ状態のドレスを。完っ璧に仕上げるわよ。
魔道具に控えはとってあるわね?角度を変えて全方向から保存してね。
レースの模様の出し方にも気を付けるように縫子に指示して頂戴」
順番に的確に。言葉をかけてる。
・・・働く女性ってすごいわ。私もこんな風に立派に仕事をしたいわ。
「ありがとう。父の結婚は私にもとてもうれしい出来事でしたのよ。
こちらで作っていただいた新しいお母様のドレスもとっても素敵だったわ」
そう、すごく。すごく素敵だった。
「まぁ、お褒めいただいて嬉しいですわ。
子爵閣下は奥様のウェディングドレスも前からご注文でしたのに。いつまでも次のご連絡がなくて。やっとおふたりで来店くださったと思ったら、結婚式は3週間後なんだ。と仰って。もうほんと、びっくり致しましたわ」
書き込んでいる数字に集中しているせいか、私の父のことだからなのか、子どものころから知っている私につい気を許されたのか。店主のおばあさんは口が軽くなっていた。
「そのうえ、奥様のほうは既成のウェディングドレスを手直しするおつもりでうちへいらしたんですの。
もう時間もないし、適当に見繕ってくださいと仰って。
もうそのころには十数着も奥様のサイズのドレスをお届けした後でしたから。まさかそんなことをおっしゃるとは思いませんでしたわ。
お話が嚙み合わなくてまたびっくり。うふふ」
十数着・・・。父様、きっとお式が済むまで隠していらしたんだわ。
おばあさんは、てずからレースを取り外し始められて。
気持ちが聞こえてしまった。
『いったいいつご注文なさっていたの?・・・え?結婚はしないとお断りした時ではありませんか!
そんなことをこそこそと仰っていたわ。・・・うふふ。子爵閣下は一度振られたのにドレスを注文されていたんだわ。・・・無駄にならずによかったこと』
・・・あぁぁ、こんなところでも心配をおかけしていたんだわ。父さまったら!・・・すみません。
・
着替え終えて出ていくと、ラナンは契約書に目を通していた。
隣へ座って・・・。ちらりと見えてしまった金額に驚く。
見間違いかしら?と確認しようとしてしまう。
「あぁ。ルクリア。ほんの少しでも君と離れて寂しかったよ」
ラナンはそう言って私をぎゅっと抱きしめる。彼の胸に押さえつける。
私が動けないほどに強く。・・・こんなこと彼は普通しないわ。
頭の後ろで、紙の音がして。
・・・そうか、私に見えないように契約書を読み込んでいるのだわ。
覗き込もうなんて、失礼なことをしてしまった。ごめんなさい。
反省して。身動きできなかった。
・・・だけなのに。
彼が契約書にサインするまで黙って彼の胸元にじっとしていたせいで。
皆さんに、生暖かい目で見られながらお店を後にすることになった。
・ ・
「次はお菓子だね。お店はどこ?」すごくご機嫌なラナン。
言いたいことが、いくつかあるけど。・・・後にしよう。
店舗でしか食べられないお菓子。すっごく楽しみだもの。
「シャガが道順は知っているそうなの」
今日の試着のことを知っていたシャガは、ちょうどいい時間にカフェへ予約をしてくれていた。
馬車が角を曲がるたびに、ラナンの顔は曇っていく気がする。
とうとう、店舗の前へ着くと。
「この店?」ラナンは嫌な顔をした。
?どうしたのかしら。
馬車を店員へ預け、シャガが前を歩く。ご機嫌なシャガを睨みつけてる?ラナン??
店の中へ入り、シャガは名を告げた。
予約はラナンの名前。
「いらしたのね!」小さな。それでも気合の入った声がして。奥から美しい女性が顔を出す。2,3歳年上かしら。胸や腰を強調した服を着ていらっしゃるわ。お化粧もきっちり。
彼女はにこやかにテラスのそばの予約席へ案内してくれた。オーナーの妻だと自己紹介なさる。
「お嬢様。本日はご来店まことにありがとうございますわ。
お久しぶりですわね、ラナンキュラス様」
ラナンだけに向けたその魅惑的な笑顔がなくても。
彼女もまた、彼とデートしたことのある女性なんだわ、と分かった。
「ラナンキュラス様がデートにこの店を選んだのは、4年ぶりくらいじゃないかしら?もっと頻繁にいらしてくださいませ。
いつだって、素敵なご令嬢をお連れですもの。売上貢献ありがとう存じますわ。今日のお嬢様もとっても可愛らしいお方。
では。どうぞごゆっくり」
彼女は息つく間もなくしゃべって。今度は私に含んだ笑みを向け、お辞儀をして向こうへ行ってしまった。
「今の方は、男爵夫人でいらっしゃるのね?」
ラナンに訊くけど、固まっていて。
シャガが返事をしてくれた。
「ええそうです。
領地をもたない男爵家の方は商売をなさる方が多いですが。
あの方の旦那様はそれに成功なさった方です。大きなカフェをいくつも経営されているからと、ご結婚なさったようですね。たしか2年前でした」
「・・・つまり4年前には、この店で働いてはいらっしゃらない。
ここは、彼女とデートできたお店なのね?」
「いいえ。いろんな女性とデートにきた店です」
シャガはにやりと否定する。シャガはこのことを知っていて、ラナンに店名を教えなかったんだわ。
「私はこれから先もずっと。あなたがデートした女性に嫌味を言われるのね」
最初のコメントを投稿しよう!