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「面白い食感のお菓子で。とっても美味しゅうございましたわ」
来店した時。オーナー夫人がわざわざ声をかけてくれたのだもの。礼儀として、ご挨拶して帰ろうとしたんだけど。
・・・彼女は一瞬私を睨むように見る。
最初の時感じた、私を見下すような気持ちはもう入っていなくて。彼女とデートした時より、ラナンは私に優しかったのかしら?とほっとしてしまう。
・・・私ったら何を。人と比べるなんて。自分が情けないわ。
けど、確かに彼女の言葉は私に刺さったんだもの。しかも傷の上に。
”たくさんの女性の中のひとりにすぎないくせに”
前に会った女性にも。同じようなことを言われたわ。
私の腰をしっかり抱き込んで。頭に口付けてたラナンは顔を上げ、彼女に冷たい声で話しかけた。
「婚約者がこちらのお菓子を気に入ったようだから、またお邪魔させてもらうよ。彼女と一緒にね」
その言葉にオーナー夫人は、一瞬だけ顔をゆがめた。けど、すぐににこやかに。
「お気に召していただけて光栄です。またのご来店をお待ち申し上げておりますわ」
自分の立場を思い出されたようだった。
馬車に戻ったシャガはけっこう辛辣で。
「あの顔は見ものでしたねぇ。
ラナン様が次を約束したのがよっぽど悔しかったんでしょうね。クスクス。ラナン様がどんな女性とも一度しか出かけなかった事を。よぅく知ってますからねぇ。
どうしてあの手の女性は、自分だけは特別だと思うんでしょうねぇ?
何度断っても手紙を送ってきてましたよ。対応する俺の身にもなって!
2年前に彼女が結婚した時にはやった!と叫んじゃいましたよ。
なのに、1年位前からまた。手紙を送ってき始めて。あり得ませんよ!結婚したくせに!
送ってくるな!って言いたかったんですが。まさか返事をするわけにもいきませんからね・・・。下手すると、ラナン様が誤解を受けるじゃありませんか!
怖い!面倒!
それで。店名を聞いた時、ちょうどいい。身の程を弁えていただこうと思ったんです。おふたりを見たらもうちょっかいはかけてこないでしょうから。
案の定。さすがお嬢様!付け入る隙はないと見せてくださった」
いつもどおりお喋り。
「手紙?」デートのお誘いのお手紙?ってこと?
ラナンは焦って言う。
「そんなもの俺は知らないから!」
送話管からシャガ。
「大丈夫です、お嬢様。
女性からのたくさんの手紙はすべて火にくべてます」
「・・・たくさんなのね・・・」
シャガ!とラナンは叫んだけど。
シャガはただ笑うだけだった。
「最近ではだいぶ減りました。ご婚約の話が浸透しましたから」
・・・本当にラナンは私と結婚していいのかしら。
「ドレスの試着に行くって教えてくれなかったでしょ?
黙って私を連れて行った。文句を言おうかと思ってたんだけど。
・・・着ることができて楽しかったわ」
「もう二度と着ないつもりなの?」
どうしてすぐに気持ちを読まれちゃうのかしら。
「そうね。今日注文した分は、キャンセルをお願いするわ。
損害が出るようなら、私が払います」
「そんなに嫌なの?」『俺と結婚することが』
「・・・嫌かも。
これから先もずっとこんな風なのかしらと・・・思うもの」
私の言葉にショックを受けたのはシャガのほうだった。
「そんな!ラナン様はちゃんと彼女に対応しましたよね?
お嬢様のほうが大事なのだと、みんなにわからせましたよ?
・・・いや、そういうことじゃなかった・・・。
ごめんなさい。お嬢様。
・・・お嬢様が嫌がることをするつもりでは無くて・・・俺は・・・」
その声があんまりにも悲痛で。
「ち、違うのよシャガ。怒ってるわけじゃないわ」
慌ててしまう。
「私でいいのかなぁってこんな風に悩むのが嫌なのよ。
ラナン様は、もっと他にふさわしい女性がいるのじゃないかしら」
・・・しんとして。ずいぶんしんとして。
シャガが「やっぱりお嬢様は怖い」とぽつりと言って。
それが始まりの合図だった。
馬車が子爵家へ着いて。
ラナンの部屋へ連れていかれて。
夕食をふたりきりでとって。
寮へラナンが帰るまで。
ずっと。
・・・ずうっとラナンは。
私の耳元で、好きだとか綺麗だとか、君しかいないんだとか。・・・す、捨てないでとか。呟き続けた・・・。
思い出しては恥ずかしくって。その日はちっとも眠れなかった。
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