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・・・どうしてなのか、わからないけど。
学校の馬繋場。いつものように。
私を抱え上げて馬車から降ろしてくれるラナン。
いつものようににっこりと笑ってる。
・・・わからないけど、気になる。
もっと顔をよく見ようとしたら、ラナンはぎゅっと抱きしめてきた!
「え?!」『こ、ここは学校よ!』
「ごめん」と言うけど、彼は手を緩めない。「俺を捨てないで」
「っ、学校ではもう言わないって約束したじゃない!」
「周りに誰もいない」
「そういう問題じゃありません!」
やっと離れてくれたラナンは悪びれもせずにっこり。
・・・笑ってるのにやっぱり。
いつものように、楽しく話しかけてきて。教室へ着いてからもいつものように私の手を離さない。
にこにこといつもと変わらない。なのに。
・・・ラナンはなんだか萎れてる?
どうしたのか、聞こうとした時に。プラタナス様が教室へいらした。
4人が揃うとラナンは魔法を使う。
「仕事は間に合った?」心配そうなプラタナス様。
「仕事?ってなんですの?」
ネモフィラ様の質問に。
「ラナンは領地の仕事を少し割り振られはじめたそうだ」
プラタナス様が答える。
「まぁ。・・・でもそうね。そろそろ卒業ですもの。ラナン様は王都で仕事なさるのかと思っていましたわ。領地へすぐ帰られるの?」
「いえ。しばらくは帰りません。・・・ですが、少しづつ領地経営を学べと言われまして。
プラタナス様。昨日は本当に申し訳ありませんでした」
ネモフィラ様はまた不思議そうにされ、プラタナス様が答えてくださる。
「昨日、久しぶりにラナンは王宮に来てくれて。母上と兄上と一緒に夕食をとった。
今までなら、食後にカードゲームを楽しんだりして。
夜遅くに帰宅するか、泊っていくかしていたのに。
ラナンは仕事があるから、とすぐに帰ろうとしたんだ。
それで、母上から。婚約者の話とか聞きたかったのに。もう少し居なさいな、とのお言葉があって・・・」
「断れない俺のためにプラタナス様が断ってくださったんです」
ラナンはプラタナス様の言葉の後を続けた。
「まぁ、王妃様からのお誘いを無碍にするなんて!」ネモフィラ様は少し怒っていらした。
「はい、本当に不敬でした。反省してます」ラナンは素直に謝る。「昨日は早く書類を読みたいとそれしか考えられなくなっていて。・・・自分でも、余裕がなかったと呆れています」
「大丈夫だ。母上もそれに気付いていらしたようだったから」プラタナス様がかばってくださって。また頭を下げるラナン。
「それに、父に認められたい。その気持ちは僕にもわかるから。
そうだ。母上から、次回は泊まれる日に来なさい!ってご伝言だったよ」
プラタナス様は片目を瞑られ。
ラナンは、ははは。っと楽しげな声をあげた。
・・・私は何も言わず話を聞いていた。ラナンは無理をしていると思いながら。
・ ・
「急ぐお仕事の話なんてしてなかったわ。王族に嘘はいけないのよ?」
馬車に乗った途端にラナンを咎める。私が言えることでもないけど。
「嘘は言ってないよ。父から練習にと領地の仕事を少し回されているのも本当だし。認めてほしいからと頑張っているのも本当だ。昨日も帰ってから資料を読み込んだし。・・・ただ、昨日中に終わらせなくてもよかっただけで。
昨日中の仕事だと勘違いされたのを放っておいただけで」
やっぱりにこにこしているラナン。
「どうしたの?」
「何が?」
わかんないわ。でも。変よ?
プラタナス様もネモフィラ様も気付いてなかった。
だけど、変なものは変なの。
じっとただ見つめる。
ラナンは私の視線を避けて。「変なのは君だ。どうしてあの場で聞かなかった?仕事って何?そう言われると思ってたのに。
知っていたという表情だった。ネモフィラ様に叱られた時には、一緒に反省しているような顔をしていた。君は本当にダイコンなの?
・・・いや、それも。気付いてほしくないという俺に気付いたから?」
どうだろう?何も考えずにやったことに説明を求められても困るわ。
黙って待っていると。しばらくして彼は。
ふう、とため息をついた。・・・マナー違反よ?
ラナンは、私のほうへ体ごと向き直り。
・・・そっとそっと私の手を取り。指先にやっぱりそっとそっと口付ける。
触ってはいけないものに触れるみたいな態度。
「昨日」
それだけで、辛そうな顔をしてる。いったい何?
「夕食の席で。カーディ様から。
君と喧嘩したんだって?って楽しそうに聞かれた。
プラタナス様も驚いていたから・・・。他からの情報だろうね。
俺たちのことを・・・気にかけていらっしゃる」『君のことを』
それが何だというのかしら。もっとびっくりすることを言われると覚悟したのに。
ラナンは、王太子殿下が絡むと少しのことでも気になるのね。
「それで。なんとお返事したの?」
私は彼の手をぎゅっと握り返した。
ふっと笑ったラナンは表情を繕う。
彼は落ち着いた声で。
「喧嘩などしませんよ。ウェディングドレスももうすぐ出来上がるし、順調にすべてが進んでますよ」にこりと自信にあふれた顔で言う。
だけど。『本当はドレスはキャンセルしろと言われ、俺はいつ捨てられるかと不安で、胸が苦しくて。式の日取りも決まっていない』
聞こえてくる気持ちは。震えてた。
・・・どうして意地悪したくなるんだろう。
「ドレスはキャンセルしてくれたの?」
「・・・したければ君がすればいい。俺には無理だ」
・・・そう言われたいから聞くんだわ。
「キャンセルしてもいいの?」
「だめだ」言ってほしかった言葉にふふっと笑ってしまう。
・・・私はどうかしているわ。
彼の頬へ手を伸ばした時に。馬車は子爵家へ着いた。
・
「わ、私の部屋へ来てくださる?」
玄関にはノーラが待っていて。にこりと頷くから。
届いているんだ、とわかる。
ラナンと。私の居間へ向かう。どきどきする。
そこには、トルソーに飾られたウェディングドレス。
・・・結婚式までこうやって飾って。ご友人に見ていただいたりするのだわ。
「届いたんだね」ラナンは真面目な顔で検分する。
「うん。頼んだとおりに出来上がっている。あの店のお針子は、いい腕だね」
・・・もっと喜んでくれるかと思ったのに。すごく事務的な態度で寂しくなってしまう。
振り向いた彼は、俯いた私を見てはっとして。
「やはり、俺との結婚は嫌?」って聞く。
私はぎゅっと目を瞑る。すぐに気持ちを読まれてしまうもの。
息を吸い込んで気合を入れて、返事をしようとした。
のに。
絨毯を踏む靴の音。一歩でそばまで来たラナンは。乱暴に私を抱きしめた。
「だめだ。返事はいらない。嫌だと言われても知らない。
言うべき言葉を間違えた。結婚しよう。ね?お願い。うんと言って?言うまで離さない。ね?お願いだ」『君は頼みごとに弱いから』
息が苦しいくらいの強さ。ぎゅっと抱きしめられているのがなんで嬉しいの?
小さく頷くと。
「やった!」そのままくるりと振り回された。
足の浮遊感にどきっとするけど。しっかり捕まえられていて怖くない。
小さい頃に。父様が似たようなことをしてくださったわ。
足を下ろしてもらって。ふふっとラナンを見上げると。
そこには温度のある瞳。
「いつ?」
「え?」
「いつにする?日付を今決めよう、じゃないと離さない」
まぁ。後から条件を増やすなんていけない人ね。
いつ・・・。そうね。
「・・・学生の間に結婚するのはやっぱりちょっと考えてしまうわ」
めったにあることではないもの。きっと、赤ちゃんが出来たから急ぐのだと思われるわ。構わないけど・・・ううん、やっぱり少し恥ずかしいわ。
ラナンはにやりとした。
「じゃ、卒業式の日に。午後からだ。決まりだね」
ええ?!って思ったけど。
彼がすごく幸せそうにしてくれたから。
私はまた頷いた。
「・・・でも。ひと月半しかないわ。ばたばたするわよ?」
「ひと月半もあるのか。やっぱり明日にしようよ」
明日は無理よ。ふふっ。笑う私の額に唇を落として。
「ありがとう」と彼は言う。
それからまたぎゅっと腕に力を込めて。耳元で「好きだよ」と言ってくれた。
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