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ネモフィラ様は、小さくカットしていたウォルナット家のケーキを口へ運ばれた。ついどきどきと目で追ってしまう。
「まぁ。バターの香りがしてナッツの触感がすごくいいわ。甘さを抑えてあるのに・・・。最後にナッツの味が追いかけてきて。後味に生地の甘さを感じる。すごくすごく美味しいわ」
「ありがとうございます。これはラ・・・いえ、みんな好きで」
またもにやりと相好を崩される。・・・どうしてそれでも高貴な感じが消えないのかしら。
「そう。ふぅん。ラナン様がお好きなのね。・・・そういえば、甘すぎるものはあまりお得意ではないようだったわ」
「いえ。でも本当に!みんな好きなんです。母が作ってくれて・・・」
一瞬真顔になったネモフィラ様は、次ににっこりと。
「あぁ!そうだわ。皇国貴族家には代々伝わるお菓子があるのでしたわ!
そんな大事なお菓子をご用意くださったのね。ありがとう。
新しいお母様と仲よくなさってるのね!良かったわ」
「はい。とても」実は・・・とつい話してしまう。
結婚前の不安な時期だから、と。
リムとリナーラは、しばらくだけお母様を譲って差し上げますと言い出した。
おかげで。昨日は眠る前にアンナ母様とふたりでお話しした。
前までこういう時間はもっと多かったんだもの。すごく嬉しくて。
これからも甘えさせてもらおうと思っている。
弟妹に譲らなくちゃと無理してて。実は私、寂しく思っていたんだわと思い知らされた。
それを正直に申し上げて。「恥ずかしいですけど」と笑うと。
「そんなことはないわ。たまにお母様とふたりきりでお買い物へ行く時には。わたくしもたくさん甘えておねだりしたりするのよ?」
そう言ってくださった。
「そういえば。ラナン様は領地へは戻らないと仰っていたけれど・・・」
少し不安そうに聞かれる。
「はい、まだまだおじいさまが・・・辺境伯閣下がお元気なので。しばらく王都で職に就きたいと・・・」
ラナンは正直にリムとの約束を話してしまって。
おじいさまは、リナーラやリムと一緒に領地へちょくちょく遊びに来ることを条件に。王都でしばらく暮らす事を許してくださった。
「でも。・・・ウィントン家はタウンハウスはお持ちではなかったわよね?」
そう、ラナンは家族と決別したくて寮に入ったのかと。少し疑っていたんだけど。もともと辺境伯家は、王都にはご自宅がない。皆様、王都へ来るときにはホテルをご利用だった。
「小さいころ、どうして?と聞いたら、母と離れたくないから買わないと返事をされて。子ども心に詳しく聞いてはいけないと思ったんだ」
・・・うん。ラナンの気持ち、わかる気がする。私もハルジオン様に詳しくお聞きする気にはなれないわ。
「はい。タウンハウスはありません。それで・・・王都にいる間は、我が家で暮らしてくださることになったんです」
ラナンの部屋へ。寮から引っ越してきてくれる。
「では。ご結婚後もここに住まれるのね。お会いできるのね?」と嬉しそうにネモフィラ様は言ってくださる。(ラナン様のことだもの。辺境伯領へ閉じ込めるんじゃないかと思ってたわ!会えなくなるかと心配だった。良かった!)
嬉しい。・・・もちろん王太子妃になられたら、ちょくちょくお会いするというわけにはいかないけど。それでも王都に居れば、会える可能性は少しでも高いと思ってくださったんだわ。
実はハルジオン様のおかげで、辺境伯領から一瞬で移動できるけど・・・申し上げられないわ。私の一存で言っていいことではないもの。ごめんなさい。
・・・そういえば。結婚後は。
私は扉を開けられるし、魔方陣を使えるようになる?
それとも。扉は開けられないけど、魔方陣を使えるようになるのかしら?
「はい。家族とももう少し一緒に住めて。王都に居られて。ラナン様に感謝しています」
「ふふふ。新しいお母様との生活が始まったばかりだもの。離れるのはさみしいわよね?・・・良かったですわね」
ネモフィラ様は、本当に私をわかってくださってるわ。
「卒業前には、最後の試験がございますわよね?
ルクリア様は卒業後は・・・。そのう・・・」
私が、魔法部へと意地を張っていたことももちろんご存じで。
「職に就くことはありません」
ご心配くださったのはこの事よね。
・・・正直に言ってしまうと、諦めはいまひとつついていない。
だけど、菫母様によく似た私が、外国の来賓がいる舞踏会へ出席することも。警備につくことも。他国との交流がある学会や魔法会へ顔を出すことも。
あまりいい事では無いと理解している。
「辺境伯家の・・・いろいろを。勉強をさせていただくことになってます」
家政のこと。森のこと。領地のことも。
それに、リムやリナーラの家庭教師も頑張るつもり。
弟妹の教育費のために働くことは、もう出来なくなるけど。
ふたりの魔法力は決して低いものではないとラナンが教えてくれた。友人もいなかった私は、父様や自分と比べて。ふたりを心配しすぎていたのだわ。
リナーラは王立魔法学校から案内が来て、通うと言ってくれたから授業料は要らないし。
ラナンは。職に就いてからも、時々リムの家庭教師を引き受けると言ってくれたし。
子爵家は、先生を時々に雇うことができるくらいの余裕も出てきているし。
ラナンと会うまで心配だったことはもう、心配事ではなくなっていて。
何もかも、彼のおかげのように思える。
「ルクリア様ほどの方が、家庭に入られるのは。もったいない気がしますわ」
さすがは未来の王妃。この国での常識だけにとらわれたりなさらないのね。海の向こうの国には、騎士をなさっている侯爵夫人までいらっしゃると聞いた。
社交辞令でも嬉しいわ。
でも、彼のために。領民のために。勉強することはたくさんある。攻撃魔法ももう少し覚えるわ。足手まといになりたくないもの。
「ルクリアさまは、ジェイドとプラタナスさまと。同じ日にお会いになったのでしたわね?」
ジェイド。赤茶色の短毛。綺麗な黄緑色の瞳。
はい、と頷く。ネモフィラ様は続けられた。
「・・・ジェイドは特別な犬ですわ。頭がいいの」
相棒だ。とプラタナス様は仰ったわ。
ただの犬である可能性もなくはないけど。おそらくは聖獣。
ネモフィラ様が特別だと感じていらっしゃるなら間違いないと思う。
でも、いきなりどうしてジェイドの話なんだろう?
不思議に思いながらまた頷く。
「そのジェイドが認めたというのなら・・・。
きっとルクリアさまは王子妃になられる。
プラタナスさまを幸せにしてくださる。
そう思っていましたの」
え?
「わたくしは。・・・中立と言いながら、プラタナスさまの味方をしていたような気がしますわ」
ネモフィラ様はまたウェディングドレスを見て。
「不思議な感じだわ。
嬉しいのに。なんだか・・・寂しいの。
どうか、幸せになってくださいませね。
そして、ずっとわたくしのご友人でいてね」
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