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「久しぶりに買い物に出かけようか」
その前まで、まいきの羽ペンの話をしていたから。文房具を買いに行くんだ、と思った。
もうすぐ試験だし。「インクが欲しいわ」
筆記には。魔法の使用も、魔道具の使用も認められていない。
試験前にはひと瓶買っておかないと心配になってしまうのよね。
・・・インクは買えたんだけど。
辺境伯家御用達のテイラー。
そのソファにラナンと座っている。
店主とひとこと話しては、私を見る彼。もちろん?しっかりと腰に手をまわしてぎゅっと私にくっついている。
周りの視線が・・・いえ、こちらを見ないように気遣われるその雰囲気が苦手で。頑張って貴族的微笑を張り付ける。
どうしてこうなったのかしら。
「そろそろぎりぎりだからね」と連れてこられてしまった。
おしゃれな看板の下の大きな扉をくぐると。
店内はすごく広くって。
”この店ではすべてが揃います”
そう大きく書かれている通り、男性の既成服も女性の既成服も。靴もバッグも装飾品も宝石も。いろんな物が並べてある。まぁ。帽子まで置いてあるわ!
品数が多いのに、すっきりと陳列してあって。店内を見回すだけで浮き浮きと楽しかった。私のお小遣いでプレゼントできそうなのは、ハンカチくらいかしら。でも、私。手が遅いのよねぇ。今手掛けているのは結婚式に間に合わないかもしれない。
出迎えてくれた店主は、エメラルドグリーンのドレスをすっきり着こなしていらして。『まぁ、こんなお若い女性が切り盛りなさってるの?凄いわ』とついラナンに話しかけてしまった。
『たぶん、母よりずっと年上だ。俺が小さいころからちっとも変わらない』
ええ?!エビネ様もお若いけど。それ以上だわ!・・・デザイナーの方というのは、年を取らないものなのかしら。
「お待ち申し上げておりました。さ。奥へどうぞ」
奥?
案内された応接室には、高級そうなソファセット。書棚。トルソーが3つ。女性がふたり。・・・いやだ、このお茶。子爵家のお茶より高級かも。
卒業式の準礼装と。デビュタント用の正装。
どちらもプレゼントするために連れてきた、と言い出したラナン。
父様は、よろしくって簡単に返事したそうで。断ってほしかったわ!
もうひと月を切っているのに。
今からオーダーだなんて、本当にぎりぎりじゃないの!
ご迷惑でしょうに、店主はにこにこと用意していた冊子を広げる。
「まずは、デビュタントのドレスですわよね?
こんな可憐なお嬢様のドレスを作らせていただけるなんて。腕が鳴りますわ!
どんなドレスに致しましょうか。最近流行の形は、こちらと・・・」
お世辞を言いながら、デザイン画を指さして勧めてくださる。「こちらですわ」
卒業パーティという名の夜会は、卒業式の前夜。王宮で。
国王陛下ご臨席の上、開かれる。
その年の卒業生が出席の対象なんだけど。
そのうちの半分ほどの方がデビューを飾る。
夜会で、大人の仲間入りをするのだ。
どうして半分くらいかというと。嫡男嫡女の方は、少しでも早く社交をするために14,5歳でデビューを済ませているから。婚約者がいれば、一緒に。
つまり。ラナンと私にとっては、初の夜会。
・・・想像してどきどきしてきちゃったわ。
服の色は、白色に近いものが基本なんだけど。婚約者がいる場合、その色をまとうことも許されてて。毎年、どんどん白いドレスの方は減っているという。
大人になったと認められるドレスは露出が多いのが普通。
だけど。さっきから、ラナンは胸が開きすぎてるとか、腕が見えるからいやだとか・・・。横から口を出してる。
困った人ね。
「これはダメだわ。ハルジオン様そっくり。・・・追い出しましょう」
へ?
横を向いて。近くに控えた2人の女性に小声で言われた、と思ったら・・・。
すごかったわ。
「とりあえず、一着試着していただきましょうか。・・・さ、殿方は外へ。まぁ。女性の着替えを見ているような男性は嫌われますわよ」
ほほほほほ・・・ってみんなでラナンを追い出した。
くっついて絶対にはなれないって感じだったのに。するりと。
流れるような技だった。どうやったんだろう。教えていただきたいわ!
「ああいう殿方には慣れておりますから」
店主は微笑まれる。びっくりしてる私の気持ちはすっかりお見通しだわ。
「さ。お嬢様。お好きな色からお話しくださいね。
あの男がぐずぐず言い始めるのはすぐですからね。時間はありませんわ」
・・・あの男って・・・。
「・・・ふふふふ。失礼いたしました。良かったですわ。無理矢理のご婚約かと疑っておりましたの」
まぁ。また。顔色を読まれたわ。私の反応が見たくてわざと仰ったんだわ。
「さ、好きなお色は?」
好きな色?
ええと・・・ラナンの顔が浮かんで・・。
「・・・薄い・・・紫とか。薄い藍色とか」
でも恥ずかしくて、少し誤魔化す。
「まあまあ。辺境伯家ときたら!3代続けて!」
店主はにまりとなさった。
?どういう意味かしら。
「こちらのことですわ。とにかくお嬢様。相思相愛でわたくしも嬉しいですわ。ラナンキュラス様のお色をたっぷり取り込んだ美しいドレスをお約束いたしますからね」
・・・本当にお見通しで嫌になる。
もしかして、この方も治癒魔法使いなのかしら??
しばらくして、ラナンは応接室に戻ってきた。
彼が居ない間に、練習させられた通りに。
「どうしてもこのデザインがいいの。ラナン様お願い」
と言うと、すぐに彼は納得してくれたから。
さすがね。商売をされている方は、いろんなお客様とお会いになっているだけあるのねぇと思った。
卒業式用の服は。明るい縹色の生地で、すっきりとした模様を。
夜会の盛装は。白菫色の生地で、伝統的な模様をたっぷりと。
ラナンはこげ茶色の刺繡糸で。
私は黒紫色の刺繍糸で。
「最新式の魔道具ですのよ」
さらりと描かれたその絵は立ち上がり。くるりと立体的に。出来上がりの雰囲気を見せてくれる。
どちらも、ふたりが婚約者だとはっきりわかる服だわ。それでラナンはどうしても作りたいと言ってくれたのね。そう思うと嬉しくって・・・。
「あらまぁ。お嬢様。顔が赤くなっておいでですわね」
店主はにまりとされる。
・・・最近、どこででも揶揄われてばかりだわ!
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