SIDE ”ブラン”

2/3
前へ
/291ページ
次へ
『すまない。タミコ、ありがとう。おつかれさま』 我からも。この国の癒しの呪文を返す。 彼女は最期の息をふうと吐いた。 隣の家へ走り、大きな声で鳴く。 「まぁ、ブラン?どうしたの?」 そう言ってくれるのは。最近この家に嫁に来た娘。 猫好きらしく、時々我にもおやつをくれる。 なうなぅと鳴き。『タミコが眠っている』と話しかける。 「おなかすいたの?ブラン。お隣のおばぁちゃま起きてないの? 具合でも悪いのかな?  ・・・お義母さぁん。ちょっとお隣いってきまぁす!」 受け取っている感覚はないらしい。ふと思いついたのだと思っている。 十分だ。それをできる人間ですらもう、近隣でこの子だけなのだ。 だから。 だからこそ。タミコを。 生かそうとしてしまった。離せなかった。 我と会話まで出来る人間は、2代目のしろになった頃にはもう。どこにも見つけることができなかった。 そのせいで、ぎりぎりまで我が儘を通してしまった・・・。   ・ タミコと別れてまた。 あちこちと島国を旅した。 テレビで知ってはいたものの、田舎にいる間に。ビルが立ち並び、いろんな面白いものが造られていた。 何もなかった島は、少しだけ裕福になったようだった。 ただ・・・。我と話せる人間はやはり居なかった。 気持ちをなんとなく受け取る人間も、もうほとんど居ない。 不思議そうに撫でてくれる人間に会えるだけで嬉しかった。 また、誰かと暮らしたいという気持ちと。 もう、誰とも別れたくないという気持ち。 最期までこの島に居たいと思っていたのに。 誰かに呼ばれた。 呼ばれるまま、転移したのは生まれた世界だった。 いつものくせで、元の巨大な姿に戻っていた。 それでも狭くは感じない広い空間。ここは塔、か? 見回すと。 足元には、3歳くらいの少女。 あぁ、この子だな。我を呼んだのは。 「真っ白ね!」 楽しげな声。 爪で引っ掛けるだけでお前の命など消えるぞ? 怯えもしないのか? 少女は笑ったまま。伝えてきた。 真白。 ・・・おそらくそれは、我に付けられるはずだった名で。 『いや。我の名はしろだ』 ・・・いろいろ呼ばれはした。 しろ、ブラン、ホワイト。ブランカ。たま。チビ。・・・けれど一番多かったのはしろだったし。 何より、タミコが長く呼んでくれた名で。 つい。 我から名を要求した。変えてしまった。 それが・・・おそらくは菫との契約を少し歪にしてしまったのだろう・・・。 菫は皇女だった。 皇族は、たいてい3歳で”相棒”と契約を結ぶのだという。 つまりは、その頃に魔力が安定し始めるのだ。それから数年かけて落ち着く。 それで2年後。菫は魔力の検査を受けることになった。 菫は強い治癒の力を持っていた。 我と似た力は、我と同じに執着を生ませる・・・。 我は提案し。彼女は頷いた。 菫の力を半分、我が吸い取ってから。検査を受けた。 菫の周りの人間はがっかりした。皇族の持つ魔力にしては少なすぎたようだ。 我は菫の力を使って異世界へ行き。その力を使い果たした。 数か月で戻ってくると、またも菫は魔力が戻っていて。 それをゆっくりと半分吸い取って。島国で消費して、また戻ってきて。 何年もそれを続けた。 菫は島国の話が好きだった。いろんな話を聞きたがるので、いろんな話を仕入れて帰ってきた。 『しろから、魔力を吸い取ってもらうと。息がつけるわ。 まわりのちやほやが落ち着くの』 菫の力は、強くなると周りに影響を出す。 誰も彼女に逆らえない。誰も彼女を嫌いになれない。 もちろん菫は良い子だ。でも魔力はそれと関係なく働いてしまう。 菫の姉は。8、9歳ころに相棒と出会った。 聖獣は、舞姫という名前をもらった。 まいきと話すのは面白かった。あの島国を知っていた。 我が癒しの力を持つと言ったら驚いていた。かなり珍しいのだという。 たくさん話した。初めての魔獣の友人だ。 彼女はこの世界のことをよく知っていて。 菫たちが住むここは、サンコー皇国だと教えてくれた。 わしが自分をわしと言うようになったのは、まいきの口癖のせいだ。すっかりうつってしまった。 まいきは、相棒の芙蓉からお願いをされただけでも。ほんの少し縛られるようだった。芙蓉のそばから長く離れることもできないようだった。 ・・・わしにはまるでそんなことがなかった。 契約は呪いじゃから、と言われたが。まるで意味が分からなかった。 癒しの力があるなら、誰とでも意思の疎通ができるはずだと教えてくれたのも。まいきだ。 試してみると、確かに。気持ち(こころ)をそのまま伝えることなら誰を相手にしてもできるようだった。 だけど。なんというか・・・。違う言語の映画を見せあっているような感じというか。こまごましたことを伝えるのはやはり難しくて。 友人たちと話したように話せるのは、まいきだけだった。 ただ、数年を過ごすと。菫との会話も少し楽になった。 やはり、と思った。 実は、島国の単語を教えつつ会話をしたのだ。この力にはベースとなる言語が必要だったに違いない。それは、字幕がついて意味が分かるようになった感じだった。
/291ページ

最初のコメントを投稿しよう!

391人が本棚に入れています
本棚に追加