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『すまない。タミコ、ありがとう。おつかれさま』
我からも。この国の癒しの呪文を返す。
彼女は最期の息をふうと吐いた。
隣の家へ走り、大きな声で鳴く。
「まぁ、ブラン?どうしたの?」
そう言ってくれるのは。最近この家に嫁に来た娘。
猫好きらしく、時々我にもおやつをくれる。
なうなぅと鳴き。『タミコが眠っている』と話しかける。
「おなかすいたの?ブラン。お隣のおばぁちゃま起きてないの?
具合でも悪いのかな?
・・・お義母さぁん。ちょっとお隣いってきまぁす!」
受け取っている感覚はないらしい。ふと思いついたのだと思っている。
十分だ。それをできる人間ですらもう、近隣でこの子だけなのだ。
だから。
だからこそ。タミコを。
生かそうとしてしまった。離せなかった。
我と会話まで出来る人間は、2代目のしろになった頃にはもう。どこにも見つけることができなかった。
そのせいで、ぎりぎりまで我が儘を通してしまった・・・。
・
タミコと別れてまた。
あちこちと島国を旅した。
テレビで知ってはいたものの、田舎にいる間に。ビルが立ち並び、いろんな面白いものが造られていた。
何もなかった島は、少しだけ裕福になったようだった。
ただ・・・。我と話せる人間はやはり居なかった。
気持ちをなんとなく受け取る人間も、もうほとんど居ない。
不思議そうに撫でてくれる人間に会えるだけで嬉しかった。
また、誰かと暮らしたいという気持ちと。
もう、誰とも別れたくないという気持ち。
最期までこの島に居たいと思っていたのに。
誰かに呼ばれた。
呼ばれるまま、転移したのは生まれた世界だった。
いつものくせで、元の巨大な姿に戻っていた。
それでも狭くは感じない広い空間。ここは塔、か?
見回すと。
足元には、3歳くらいの少女。
あぁ、この子だな。我を呼んだのは。
「真っ白ね!」
楽しげな声。
爪で引っ掛けるだけでお前の命など消えるぞ?
怯えもしないのか?
少女は笑ったまま。伝えてきた。
真白。
・・・おそらくそれは、我に付けられるはずだった名で。
『いや。我の名はしろだ』
・・・いろいろ呼ばれはした。
しろ、ブラン、ホワイト。ブランカ。たま。チビ。・・・けれど一番多かったのはしろだったし。
何より、タミコが長く呼んでくれた名で。
つい。
我から名を要求した。変えてしまった。
それが・・・おそらくは菫との契約を少し歪にしてしまったのだろう・・・。
菫は皇女だった。
皇族は、たいてい3歳で”相棒”と契約を結ぶのだという。
つまりは、その頃に魔力が安定し始めるのだ。それから数年かけて落ち着く。
それで2年後。菫は魔力の検査を受けることになった。
菫は強い治癒の力を持っていた。
我と似た力は、我と同じに執着を生ませる・・・。
我は提案し。彼女は頷いた。
菫の力を半分、我が吸い取ってから。検査を受けた。
菫の周りの人間はがっかりした。皇族の持つ魔力にしては少なすぎたようだ。
我は菫の力を使って異世界へ行き。その力を使い果たした。
数か月で戻ってくると、またも菫は魔力が戻っていて。
それをゆっくりと半分吸い取って。島国で消費して、また戻ってきて。
何年もそれを続けた。
菫は島国の話が好きだった。いろんな話を聞きたがるので、いろんな話を仕入れて帰ってきた。
『しろから、魔力を吸い取ってもらうと。息がつけるわ。
まわりのちやほやが落ち着くの』
菫の力は、強くなると周りに影響を出す。
誰も彼女に逆らえない。誰も彼女を嫌いになれない。
もちろん菫は良い子だ。でも魔力はそれと関係なく働いてしまう。
菫の姉は。8、9歳ころに相棒と出会った。
聖獣は、舞姫という名前をもらった。
まいきと話すのは面白かった。あの島国を知っていた。
我が癒しの力を持つと言ったら驚いていた。かなり珍しいのだという。
たくさん話した。初めての魔獣の友人だ。
彼女はこの世界のことをよく知っていて。
菫たちが住むここは、サンコー皇国だと教えてくれた。
わしが自分をわしと言うようになったのは、まいきの口癖のせいだ。すっかりうつってしまった。
まいきは、相棒の芙蓉からお願いをされただけでも。ほんの少し縛られるようだった。芙蓉のそばから長く離れることもできないようだった。
・・・わしにはまるでそんなことがなかった。
契約は呪いじゃから、と言われたが。まるで意味が分からなかった。
癒しの力があるなら、誰とでも意思の疎通ができるはずだと教えてくれたのも。まいきだ。
試してみると、確かに。気持ちをそのまま伝えることなら誰を相手にしてもできるようだった。
だけど。なんというか・・・。違う言語の映画を見せあっているような感じというか。こまごましたことを伝えるのはやはり難しくて。
友人たちと話したように話せるのは、まいきだけだった。
ただ、数年を過ごすと。菫との会話も少し楽になった。
やはり、と思った。
実は、島国の単語を教えつつ会話をしたのだ。この力にはベースとなる言語が必要だったに違いない。それは、字幕がついて意味が分かるようになった感じだった。
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