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『どうしたのだ?』
菫とわしには繋がりがあって。たとえ異世界にいても呼ばれればすぐにわかる。
『こんなにすぐに呼び戻してごめんなさい』
異世界へわしが旅立ったのは10日くらい前のことだ。ふたつの世界の時間軸はほとんど変わらないから。確かにすぐだ。
『構いはしないが、わしが吸い込んだ菫の魔力は。近くにいたままだと菫のもとに戻ろうとしてしまう』だからこそ、異世界まで行っているのだ。
・・・もちろん、その場所にあの島国を選んでいるのはわしだけれど。
『まだ使い切ってはいないぞ?何があった?
まさか魔力が必要になったのか?』
菫の顔は暗かった。
ゆっくりと話させると、隣国王太子との政略結婚の話が来た、と言う。
まだ、14歳。この国でも婚姻の年齢には達していないはずだが?
聞けば、もちろんすぐの婚姻ではなく、王太子妃としての勉強をするためにまず婚約が結ばれて。隣国へ行くことになるそうだ。
菫は涙を見せた。
『私には結婚なんてできないわ』
菫は。
小さいころから私はずるをしている、と言う。
彼女はいまだに自分の力を抑えこめない。だから定期的に吸い取るしかない。
大きく漏れ出さないように。
『お相手を困らせるわ』
恋を知らない。でも、自分の力は知っている。
ともに過ごせば、自分が必ず相手に好かれるということを。菫は知っていた。
菫の治癒の力は一緒にいるだけで心すら癒す。好意が生まれるのは必然だ。
菫は自分の魔力が増えると部屋から出ない。魔力のせいで自分へ向けられる好意が辛いのだ。
『それに。もしも相手を好きになって、しろと同じことをしてしまったら?
近隣諸国のバランスを壊すことにもなりかねない』
治癒の力での延命。そう、それだけの力が菫にもある。
恋敵の存在も、菫は怖がっていた。
隣国では。他国から王妃を迎えれば、必ず自国の令嬢を第2妃に迎えるのだという。そうでなくとも。今までに妃候補だった女性はいるだろう。
数日を異世界へは行かず。菫のそばで過ごした。
何があろうと、わしは菫の望みを叶えるだけだ。そう思って。
だから。
姉妹の間にどういうやり取りがあったのか、詳しくは聞かなかった。
結局、隣国へは姉の芙蓉が嫁ぐことになり。菫は芙蓉の侍女として、隣国へついていくことになった。
菫は姉の邪魔をしたくないと言い。わしは菫の力をいつもより多く吸い取って、異世界へまた飛んだ。
・・・気付くと。
いつもより少し長い時間を島国で過ごしていた。
菫は大丈夫だろうか。魔力があふれ出している頃だが、繋がりからは何も感じなかった。何の異変もない・・・?
心配になって、菫のもとへ帰ることにした。
今、菫は他国の王宮に居るはずだ。
直接帰れないだろう、近くに・・・。そう思ったのに。
転移した目の前には菫が居てくれて。
森の中?少し開けた場所の周りには木々。懐かしい匂い。
『これは王都の森?』
わしが生まれた森だ。菫が来たのはこの国だったのか。
『しろ!お帰りなさい!』
抱きしめてくれた菫に違和感。
『魔力が抑えられている?』
わしが居なかったこの半年ほどで。菫は恋に落ちていた。
菫は、一緒に森に来ていた男を振り返る。
『結婚してほしいと言われたから、いいわと返事したわ』
その変わりように、わしはただ驚いた・・・。
菫は自分の力を完全に抑え込んでいる。ずっと出来ずに悩んだことが嘘のようだ。しっかりと、コントロールしている。
『ただの私を見てほしい。そう思ったら、出来たの』
わしと別れてすぐに会ったのだ、と強調する菫。魔力の影響なく、結婚を申し込まれたことが。どれほど嬉しかったかが伝わってくる。
その瞳の輝きが眩しい。
わしは喜んで男へ向き直ったが。・・・彼は無表情で。
宮廷での最上礼。サルビア・ポートと名を名乗り、聖獣としてのわしを讃え、この先ともに菫を守らせてほしいと言った。
満点の態度。菫から訳された満点の文言。
だけど。菫に対する恋情を見つけることができなくて。
不安に駆られて、わしはするりとサルビアに触れた。巨大なわしが近寄っても顔色ひとつ変えなかった。
・・・が。
『どうしようどうしようどうしよう。
王太子妃様付きの侍女だ!皇国の高位貴族家出身の女性だとは思っていたさ。俺などとは釣り合わないと。
でもまさか。聖獣を相棒にするほどの高位令嬢だと?侯爵家・・・まさか、公爵家へ関係する方だったのか?俺などと結婚など許されるはずがない。でも諦められない。そうだ、きっと幸せにするんだ!そう決めたじゃないか。どんな無理もすると・・・いや。しかし。あぁぁぁぁぁ』
心の中は凄かった。もちろん、正確な言葉が判ったわけではないけれど。
うろうろと歩き回る。焦って言い訳する。頭を搔きむしる。
そのイメージが筒抜けで。
ふはは。
咳き込むように笑ってしまう。この男なら菫をきっと大事にしてくれる。
そう思えた。
サルビアは魔力量も多く、優秀な男だった。でも菫に関してはまるでだめで。
それがまた好ましかった。
わしは、菫を取られたようには感じなかった。アンナとは違って。
学園を急いで卒業したアンナが、菫の侍女となるべくやってきた時には。結婚までもう、すぐで。アンナはどうして反対してくれなかったのかと、わしにまで迫ってきた。いつも冷静な子どもだったのに、笑ってしまった。
菫は皇女だ。
それを知った時サルビアは、言葉ひとつ発することもできずに固まっていた。
求婚して。菫から返事ももらっておいて。
結婚まで数年かかったのは、あのヘタレ具合のせいだ。
魔力と関係なく自分を好きになってくれた。菫にはその事実だけで十分だったのに。勿論、生国では男性との出会いはなかったから、サルビアの運の良さは感じる。しかし、黒髪を至高とする皇国において、菫本人に目を向ける男性が居なかったのも確かだ。
やっと覚悟したサルビアは、芙蓉にはっきりと言った。遅いぞ、ヘタレめ。
「父は侯爵家を継ぐ気がなかったのです。そのため祖父は、私を養子にして継がせる気でいたようですが。きっぱりと断りました。
父のせいで。まわりからポート子爵家は、侯爵家から見捨てられた爵位と思われています。私は、子爵家を継ぎます。一生、菫様の事が生国に伝わることはありません」
事情を知ったヘリコニアもコチも協力は惜しまないと言い。
ヘリコニアは侯爵家を継いでくれたが。
・・・これには少し弊害がでた。
サルビアの妹は、自分が侯爵家の後継ぎになるものと思ったようだった。
まだ決定されてはいなかったものの。菫に辛く当たりだした。
『初めてなのよ!しろ。意地悪をされるのも。嫌味を言われるのも!』
その報告にわしはイライラした。アンナも怒っていた。
だけど。
『あれをこそ悪役令嬢と呼ぶのね!明日は何を言ってくると思う?』
ああ。そうだ。初めて向けられた悪意を。菫本人は楽しんですらいた。
子爵家が整えられてしまうと、そこはとても居心地のいい場所だった。
菫は毎日幸せそうで。
わしは異世界へまた、行くようになった。
ひと月以上を過ごすことはなかったけれど。
サルビアも。その話を面白がって聞き、研究のヒントにしているようだった。
ルクリアが生まれたのは。
菫の最期の日。
「『しろ』」
ルクリアへ”遺言”を呟いた菫は我を呼んだ。
『あぁ』ベッドへ上がる。
『好きよ。大好き』
『他に言うことがあるだろう』
『ないわ。無いの。しろ、大好きよ』
お前を助けさせてくれないのか。せめて、ルクリアの面倒を見ろと命令をしてはくれないのか。わしの恨みがましい目を見ても、菫は謝らない。
菫はアンナにも同じ言葉を残し。駆け込んできたサルビアには。
「愛している」と言われて、にっこりとほほ笑んだだけだった。
愛情を示すことすら、彼の負担になると思っているのだな。
その腕の中で。菫は何も言わず嬉しそうに笑って。逝ってしまった。
またもわしは、友人に置いて行かれた。
・ ・ ・
わしは、やっとわかった気がする。
みんな、置いて行かれるわしと同じくらい。置いていくことを悲しんでくれたのだな。
ルクリア。ラナン。・・・まいき。
はじめて。わしがおいていく友人たち。ルクリアは小さい頃はお転婆だったんだ。すっかり落ち着いた様子だが、芯はかわるまい。愛想笑いしかできなかったラナンは実は笑い上戸だ。まいき、わしはどれほどお前に助けられただろう。
どうか、悲しまないでほしい。楽しかったことだけを思い出してほしい。
わしが今そうだから。
残していく皆が。幸せでいてくれることをただ、願う。
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