《165》

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「ただの輿入れではないのだぞ」 忠勝は言った。 「当家と真田家との間に再びの諍いが起これば、お前は無事では済まないかもしれない。政略結婚とは常に、喉元に槍を突きつけられているようなものだ」 「私は、本多忠勝の一粒種でございます」 小松が言う。声を発するごとに、その表情は晴れやかになっていく。 「何を恐れるものがありましょうや。常在戦場、望むところであります」  忠勝は長い息をついた。我が娘はすでに腹を決めている。ひょっとしたら忠勝が打ち首覚悟で家康の申し入れを断ろうとしたのを察したのか。だから小松は養女と真田への嫁入りの件を受け入れようとしているのかもしれない。この俺を護ろうと、小松が己の身を張っている。どうやらこの娘をまだ子供だと思っていたのは忠勝だけのようだ。知らぬ間に、小松は立派な武家の女になっていた。覚悟を決めた娘の強い眼差しを正面から受けた。あとは俺が覚悟を決めるだけか。忠勝は一度小松に頷きかけてから、家康に体を向けた。 「御館様」 忠勝は言って、頭を下げた。顔を上げる。家康と視線が交錯した。 「小松の事、よろしくお願い致します」 「よく決断してくれたな、忠勝。それに小松よ」 言って、家康が立ち上がった。いずまいを正し、忠勝が頭を下げると小松も倣った。 「10日後、迎えの者をやる。小松よ、しっかり父上と母上に感謝を伝えるのだぞ」 「はい、お義父上様」 小松が家康に言った。身の一部がちぎれた。忠勝はそう感じた。だがもう悲しむまい。小松は、俺の娘は自らの足で進むべき道に歩を踏み出したのだ。喜ばなければ。今日は小松の門出だ。  小松に乙女も加わり、3人で帰っていく家康を屋敷の外まで見送った。
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