《173》

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 島津軍全体に高橋紹運への好感情が拡がっているのかもしれない。真のいくさ人の戦いとは、敵すらも魅せてしまうのだ。武の華に見惚れてしまえば最後、どんなに兵力差があろうと、魅入られた方は必ず負ける。小が衆を射つ、いくさはそんなものだ。 「島津忠長殿にお伝えしろ、豊久」 忠勝は言った。 「明日はもう、降伏勧告などやめておけ。問答無用で総攻めを開始するのだ。でなければ、島津軍は負けるぞ」  豊久が眼をしばたたいた。 「兵の数が」 「関係ない」 忠勝は豊久を遮るように言った。 「たとえ島津軍が10万居ても、撃退される。それほどまでに、高橋紹運は凄まじき者になっている」 「わかった。今から本陣に戻り、伝える」 豊久が駆け去っていった。翌日の夕方、豊久は顔を見せなかった。更にその翌日、朝から黒疾風の者を岩屋城と立花山城の傍に走らせた。豊久は暫く来ないだろう。暢気に、忠勝の所に来ている場合ではなくなっている筈だ。夕方、岩屋城に放っていた斥候が戻った。 「島津軍が岩屋城の大手門を破りました。曲輪を二つ、占拠しております」 「両軍の被害は」 「遠目からの概算ではありますが、島津軍の死者がおよそ6百、高橋軍が60から70というところでしょうか。戦場に転がる屍体は、島津軍の方が圧倒的に多いです」  立花山城の斥候が戻り、「立花宗茂、動きなし」と報告した。  高橋紹運の奮闘、当然、宗茂の耳にも入っているだろう。宗茂の気持ちが忠勝には痛いほどよくわかった。宗茂は堪えている。岩屋城へ走りたい気持ちを必死に抑えている。動かず、自らの隊を温存しておく。それこそが今、高橋紹運の心意気への最高の応え方なのだ。
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