《173》

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「高橋紹運が自刃した」 豊久が言った。ひどく声が掠れている。豊久が前に倒れかけた。忠勝は豊久の右脇に腕を入れて体を支えた。 「おいは今でん信じられん。たかだか7百ほどの兵が、5万近か軍を押し返しかけた。勝ったが、こちらの損害は3千を越えちょる」  豊久の姿は勝った軍の者のそれではなかった。味方が惨敗したいくさ場から脱出してきた落武者。そうとしか見えなかった。 「この世には、居そうもない男が居るのだ、豊久」  豊久が頷き、地に両膝をついた。 忠勝は部下に命じ、椀に入った水を運ばせた。椀を受け取った豊久が一息で水を飲み干した。  岩屋城陥落後、島津軍は次に駒を進める事ができなくなっていた。暫くの休息、立て直しが必要になるほど、高橋紹運の抵抗は激しかったのだ。この機を衝いてくるかと思ったが、立花山城に動きはなかった。  豊久も忠勝たちの居る林で10日ほど休んでから本軍に戻っていった。最初に動いたのは、宝満山城の高橋統増だった。かの者は高橋紹運の次男、つまり、立花宗茂の弟であるらしい。盛夏の陽射しが照りつける8月6日、統増は宝満山城から撃って出て、島津軍の本陣が置かれている天拝山に攻めかかった。 「愚かな」 報告を聞いた忠勝は思わずそんな言葉を漏らした。父が討ち死にし、動揺に堪えられず統増は城から撃って出たのだろう。島津軍はたっぷりと休息を取り、後方からの補給を受けたばかりだ。勝てるわけがない。高橋統増は城に籠り、待つべきだったのだ。秀吉軍が渡海してくる時を。  案の定、高橋統増の軍は野戦で島津軍に散々に叩かれ壊滅、宝満山城は島津軍の手に落ちた。報告を聞いた時、忠勝は眼を閉じた。これでは高橋紹運の奮闘がまるで無駄ではないか。これで筑前の主城は立花山城だけになった。ここが陥ちれば、肥後から大友宗麟の本拠地豊後までの道が繋がる。
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