《174》

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 立花山城の登り口まで戻った。馬を下りた時、宗茂は手から黒切を落とした。意思とは関係なく、両手の指がすべて開いている。宗茂は己の両手を見つめた。違う生き物のように10本の指すべてが激しく震えている。この5ヶ月、己が槍を求めた理由がよくわかった。たった一合だったが、凄まじい槍だった。常に、あの槍が己に武氣を向けていたのだ。本多忠勝。あれが秀吉をもって東国随一の勇士と言わしめる男か。  何故、あの場に居たのか。島津を追い散らす最中、丘の上からの気配が強く、宗茂は思わず離脱し、丘に駆け登ってしまった。何やら、鋼の縄に引かれるような気分だった。それにしても、まさか、昨年、大坂湾で出会った大槍の男が本多忠勝だったとは。宗茂は今になって出会いの不思議を思っていた。 「とんでもない男が混じっていましたな」 由布惟信が傍に来て言った。宗茂は惟信を見た。白眉の下にある眼は険しい。惟信が黒切を拾った。 「一度だけは眼を瞑りますが、今後、あの鹿角脇立兜の武者との一騎打ちはやめておかれよ、宗茂殿」 「惟信殿は俺が本多忠勝に負けると」 宗茂は言った。惟信が宗茂の震え続ける両手に眼をやった。 「本多忠勝と申されるのか、あの武者は」 惟信が黒切を宗茂の胸に押しつけた。宗茂は両腕で黒切を抱え持った。 「いくさ場で俺を見つけたら、挑んでくるぞ、あの男は。俺を倒す為だけに本多忠勝は九州に来ている。そんか気がしてならないのだ」 「挑んできても無視なされよ」 惟信が表情を変えずに言った。声音にも突き放すような響きがあり、どこか冷たい。 「俺の為だけに来てくれたのだぞ」 「岩屋城だけでなく、宝満山城も島津の手に落ちております。今は男の心意気よりも、城の奪還を最優先に考えてくだされ。宗茂殿は常に全体を見渡していなければなりません。ただ一人の男に拘っている時ではありませんぞ」
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