《174》

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 帰還した立花兵が宗茂と惟信の脇を通り過ぎ、次々に登城していく。 「わかったよ、惟信殿」 宗茂は言って登り口に足を踏み出した。 「軽率な行動は控えるようにしよう」 「秀吉軍の渡海は近いのです」 惟信の声を背中で聞いた。 「今、暫くのご辛抱を」  実父である紹運が岩屋城で死んだ。僅か7百ほどの兵で実に見事な戦いをした。それでかなりの刻を稼ぐ事ができた。ここで宗茂が私情に走り、いたずらに立花軍を減らすような事をすれば紹運の奮闘が無駄になってしまう。  立花山城の至る場所で兵を休ませた。宗茂は大手門に近い曲輪に入った。板の間で大の字になった。傍らでは、誾千代が片膝を立てて座している。手の震えは止まっていた。顔を横に向け、己の右手を見た。薄暗い部屋の中で黒切の柄が白く発光している。小さな光の中から、声が聞こえてきた。”見事なものだ”。本多忠勝の声だった。 「そちらこそ」 柄を見つめ、宗茂は声に出して呟いた。誾千代が反応する気配があった。更なる声を拾おうと、宗茂が槍に耳を傾けた時、背中の下で板が揺れた。宗茂は身を起こした。轟音が轟く。曲輪が激しく揺れていた。誾千代が腰を浮かせて、薙刀を構えている。  宗茂は立ち上がり、表に出た。誾千代もついてくる。外では強風が吹き荒んでいた。その中に熱が混じっている。宗茂は物見櫓に登った。いくつもの大鉄砲の銃口が立花山城に向いている。最初に比べて数を減らしているが、島津軍が再びの攻囲を整えていた。初めと大きく違っているのは、鉄砲の数だった。どこから補充したのか、千挺はありそうだ。島津軍は火力での勝負に出てきた。連続の銃撃で塀や門を破壊する作戦に出てきたらしい。  再びの銃声が轟いた、その時、辺りが暗くなった。宗茂は上を見た。いつの間にか、黒い雲が空を覆っている。風は強さを増していて、立っていて平衡を失うほどだった。
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