《174》

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 宗茂が敵中に躍り込むと、どいつもこいつも化物に会ったような表情になった。雨粒は大きくなり、その降り方は激しさを増している。またどこかで落雷の音が響いた。ちぇすとぉの声が方々で上がる。曇天に向かい、真っ直ぐ立てられた太刀が次々と宗茂に迫る。島津の兵が飛蝗のように跳ねながら、斬りかかってきた。黒切の柄が島津兵を払う。刃身が島津兵を斬り、浅く突く。宗茂の槍に合わせるかのように風が音を立て、雷が轟いた。  父上、義父上、見守っていてください。宗茂は内心で二人の父に語りかけた。島津軍との距離が随分と開いた。宗茂は自隊の中段辺りに戻った。そこで、馬が棹立ちになって嘶いた。直走していた徒達が一斉に、斜め前につんのめる。右から何かがぶつかってきた。宗茂の眼の端、掠めるものがあった。黒い風。宗茂の肌が粟立つ。顔を動かそうとした時にはもうそれは立花軍の左側に突き抜けていた。黒い具足で備えた一隊、3百ほどか。鹿角を脇立にした兜と大槍が宗茂の視界に飛び込んでくる。騎馬隊は止まること無く、一斉に馬首を回すや、立花軍の左横腹に突っ込んできた。 「全軍停止」 宗茂は音声を放った。本多忠勝から眼を逸らし、視野を拡げる。 「槍を立てて低く構えろ。槍衾(ヤリブスマ)で受ける」  立花軍が足を止めた。できる限り、小さく固まった。左を向き、槍を低く構える。騎馬隊を相手にする時、徒は不動が常道。動き合いになって騎馬隊に勝てるわけがないのだ。  槍衾で絡めとり、動きを止めてから囲んで潰す。宗茂は脳内で作戦を反芻した。槍衾にぶつかる寸前、黒い騎馬隊が二つに割れた。それはまるで水流のような、自然で流麗な動きだった。宗茂の眼、本多忠勝が映る。黒く輝く甲冑、見惚れた。眼が他に動かなくなる。
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