《174》

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 忠勝の大槍。惟信をぶら下げたまま、しなり、大膳の槍と交錯した。惟信の体が地面を転がる。大膳の槍が回転しながら、飛んでいった。立花軍の徒が遠巻きに忠勝を囲む。爪先一つ分、徒の輪が狭まっていく。騎馬が忠勝の周りで旋回を始めた。  乱戦模様になってきたいくさ場、宗茂は惟信に駆け寄った。 「何を最優先すべきか、考えられよ」 惟信が叫び、血を吐いた。暫く惟信は咳き込んだ。そのたび、口から血が噴き出してくる。どこか、臓腑をやられているのかもしれない。 「惟信殿、喋られるな」 落ち着いた声を発する事で宗茂は己の感情を抑えた。助からないのか。惟信の顔から少しずつ生の色が消え始めている。 「宝満、岩屋、両城の奪還」 惟信が大量の血を吐いた。宗茂は固く眼を閉じた。 「大膳、高野大膳、生きているか」 眼を開くと同時に、宗茂は大音声を放った。馬を寄せてきた大膳は兜を失っていた。左肩を負傷していて、手綱に添えられた左腕が血で赤黒く染まっている。 「まだ戦えるな」 宗茂の言葉に大膳は力強く頷いた。 「1200、残していく。この場はお前に任せる」  大膳が本多忠勝を囲む輪に近寄り、指示を飛ばす。宗茂は惟信を見た。弱々しい息をつく惟信、宗茂を見上げ、微笑んでいる。宗茂の脳裏に思い起こされてくる情景があった。あれは宗茂が戸次家に来たばかりだった頃だ。宗茂は道雪の行軍訓練に同行させられた。あの時、宗茂は齢十になっていたかどうかという童だった。その際、山道で宗茂は誤って毬栗(イガクリ)を踏んでしまった。たまらなく痛かった。だが、宗茂は声をあげずに堪えた。泣き言を言えば、道雪の雷が落ちる。その時にすかさず宗茂に寄ってきたのが惟信だった。てっきり、刺さった毬栗を抜いてくれるものだと童だった宗茂は安心した。が、違った。惟信は更に深く、宗茂の足裏に毬栗を突き刺したのだ。  “泣きなさるなよ”。宗茂の耳奥、今より随分と若い惟信の声が鮮明に甦る。
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