EP1

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「……」 とはいえ、今の俺達にできそうなことは何もない。 すでに何人かが先生を呼びに行っていたし、それに尋常ではないといえば、今俺達が直面している問題も間違いなくそうなのだ。 なので顔を見合わせつつも生徒会室に戻ろうと踵を返す。 「あああああああ、ああああは、あははははは!!お、おおお、俺はもう死ぬんだ!」 しかしその瞬間、ひときわ大きく叫び声を上げた。 「こんなの噓だ、みんな噓だ!!き、きっとあめ、アメリカだって、全滅したからなくなったんだ!ど、どうせみんな死ぬんだ!!そうだ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死」 かと思えば調子の外れた声で笑い、ブツブツとひたすら何かを呟き始める。 「お、おい、何言ってるんだよ!?」 「ちょ、ちょっと、これ、本気でヤバくない…?」 「先生はまだか!?」 口の端から涎を垂らしながら呟き続ける男子生徒に、周囲の生徒達がますます狼狽え、何人かの女子生徒が怯えて後ずさる。 「……」 一方で俺達の間には沈黙が広がっていた。 話は支離滅裂で、何を言っているのかはさっぱり分からない。 それでもショックを受けるには十分であり、紛うことなき狂気を前に呆然と立ち尽くしてしまう。 だがそのままふと隣に目を向けた途端、今度はぎょっとした。 「お、おい、一樹、お前、どうしたんだ!?」 というのも一樹の顔は、もはや青ざめるを通り越して土気色になっていたのである。 「ちょ、渡良瀬、アンタホントに大丈夫!?保健室行った方がよくない!?」 「ほ、本当にすごく顔色が悪いですよ…!」 すぐに栗山と静音も気づいて声をかける。 「いや、大丈夫、大丈夫だよ。ごめん、立て続けに色々なことがありすぎて、もう頭も気持ちもぐちゃぐちゃでさ…」 しかしそんな俺達の心配を余所に、そう言って弱々しく微笑みながらもパタパタと手を振った。 確かに昨日のアメリカ消失事件に続き、今朝のアメリカの存在自体を誰も知らないという異常、挙げ句に今の騒ぎだ。 理解を超えるわけの分からないことばかりが続いて、動揺しないでいられるはずがない。 一樹ほどではないというだけで、俺はもちろんここにいる全員が同じ気持ちだろう。 「そうですね…、では時間も時間ですし、打ち合わせはこの辺りにしましょうか。状況の整理も大事ですが、気持ちの整理も同じくらい重要です。この後もまだ授業はありますが、渡良瀬君はもちろん、他の皆さんも今日はとにかくゆっくりと休んで下さい」 そんなわけでどうにも不安な気持ちで一樹を見守る俺達ではあったものの、本人がそっとしておいて欲しそうだったし、先輩の言う通り昼休みももう終わりそうだったため、ひとまず解散して各々の教室へと戻ることにした。 もっとも一樹のこと然り、気になることが多すぎて授業には全然集中できなかったが。 それは栗山も同じらしく、ちらりと目を向けた先では、いつもなら真面目にノートを取っているのに、今はボーッと黒板の方を眺めているのが見えた。 ただそうして午後の一限が終わったところで、当の本人からメッセージが届いた。 内容は昼に心配をかけたお詫び。昼は本当にひどい顔色をしていたから心配だったが、こうしてメッセージを送れるくらいなのだから少しは持ち直してくれたのだろう。 流石に完全に安心とはいかないが、兎にも角にもホッとする。 しかし、続けて書き込まれたメッセージには思わず首を傾げてしまった。 というのもその内容が「昨日と今日のことで話したいことがある」「ただもしかしたら、いや、きっと聞いたら後悔すると思う」「だからそれでも聞きたいと思う人だけ、放課後、裏庭に来て欲しい」というものだったのだ。 どういうことだ…? これでは何を言いたいのかさっぱり分からないし、こんな持って回った言い方はどうにもあいつらしくない。 だが思った通り、今回の件について一樹は何か知っているらしい。 ならば行かないという選択肢は俺にはない。 内容も、何をどう後悔をするのかも見当も付かないが、現状を少しでも理解できるのなら知りたいし、何より話を聞かなければ奴の抱えている悩みも解決しようがないではないか。 なのですぐに「俺は聞く」と返信すれば、続けて「私も聞かせていただきます」「めっちゃ壮大な前振りするじゃんwアタシも絶対聞くし~」「少し怖いですけど、私も聞きたいです…」と思い思いの言葉が書き込まれ、案の定全員で話を聞くことになった。 それに対して一樹の返信は「…分かった。なら待ってるよ」と短い一言だけだったが、そういうわけで、放課後になるなりさっそく裏庭へと向かう。 「…やっぱりお前も来たか」 するとすでに全員が揃っていて、俺の姿を確認した一樹が力なく笑った。 なお同じクラスの栗山と一緒じゃなかったのは、俺がトイレに行っていたからである。 だって重要な話の最中に催したら困るじゃないか。 「やっぱりも何も、行くと言っただろう」 「まあそうなんだけどな…」 何を言っているんだと目を向ければ、淡く微笑みながら肩をすくめてくる。 それはなんだか今にも消えてしまいそうなくらい弱々しく、少しむっとした気持ちから一転して今度は心配になってきた。 先ほどは持ち直したと思ったのだが、どうやら早計だったらしい。 お前は一体、何を知っているんだ…? 「でももう一度言うけど、この話を聞けば本当に後悔するかもしれない。だから今からでも遅くはないよ、やっぱり聞くのをやめたいのならそう言ってくれ」 ますます話を聞かなくてはという気持ちを強くする俺を余所に、一樹が改めて俺達を見渡してそう話す。 「え~、ずいぶんもったいつけるじゃん」 「な、なんだか怖くなってきました…」 たちまち栗山が楽しそうな顔になり、対照的に静音の方は怖々と両手を重ねる。 「悪い。だけど俺は、できればみんなには同じ気持ちを味わって欲しくないんだ」 そんな二人を見て一樹が表情を引き締め直した。 咄嗟にそれはどういうことなのかと尋ねそうになるも、これから話を聞けば分かることだと思い直す。 「だがそれでもわざわざあんなメッセージを送ってきたということは、不安や心配以上に知っておく必要があるんじゃないかと考えたからなんだろう?」 「ははは、やっぱりお前にはお見通しか」 なので疑問とは別に思ったことを口にすると、少し表情を緩めて肩をすくめた。 「…お前の言う通り、ここにいるみんなには話すべきだと思っている。ただ、俺はこの話をほとんど確信しているけど明確な根拠があるわけじゃないし、何度も言っている通り聞いたら後悔をするかもしれない。…なんて考えていたら俺にはもう判断ができなくてさ。で、あんな文章になってしまったってわけだよ」 そして再び力なく笑う。 それはまるで一気に歳を取ったかのような疲れた表情で、相当思い悩んだのであろうことが伝わってくる。 …だが何も一人で抱え込むことはないじゃないか。 本当にこいつはいつも妙なところで気を遣う。 なんだか急に水くささを感じてまたもや憮然とするも、 「なるほど、渡良瀬君のお気遣いはとても嬉しく思います」 しかし続けて俺が口を開くよりも先に先輩が声をかけた。 思わず振り向けば、言葉の通り優しく微笑んでいる。 「ですがそれでも私はこの異常な現状について、少しでも何か知ることができるのならば知りたいと思っていますし、仮に話を聞いて後悔したとしても、それは聞くと決めた私の責任であって渡良瀬君が気に病む必要はありませんよ」 「ああ、そうだな。俺も美弥子先輩とまったく同じ気持ちだ」 でもすぐに表情を真剣なものへと引き締めた先輩に続き、俺も頷き返す。 どんな話かは分からない。 抱え込もうとしているくらいなのだから相当な難題なのかもしれない。 だが話すだけでも楽になることはあるし、何か見えてくることだってあるはずだ。 「…ありがとう。正直、二人にそう言ってもらえてかなり気が楽になりました」 と、そんな思いが伝わったのか、ふっと一樹が表情を緩めた。 それは先ほどまでの疲れを感じさせるものではなく、いつも通りの微笑みで、少しだけホッとする。 「二人はどうする?しつこいようだけど、もちろん聞かないのも選択だよ」 また真面目な表情に戻った一樹が、今度は栗山と静音の方に向き直る。 「な、なんか思ってたよりもガチ深刻な感じで、割と怖たんなんだけど…」 「そ、そうですね…」 真剣な眼差しに、咄嗟に二人が怯む。 「でも、私もこんな不安な気持ちを抱えたままというのは嫌です。だから、もしかしたら本当に後悔するかもしれませんけど、私にも聞かせて下さい…!」 「うぅ…、そう、だよね…。うん、聞く!アタシも覚悟決めた!」 でも静音がぐっと両手を握って答えると、栗山も同じく気合いの入った顔で頷いた。 「…そっか、分かった」 そんな二人へと一樹が複雑そうに笑いながら頷き返す。 「なら、さっそく聞いてもらっていいかな」 そして改めて俺達へと向き直ると、ついに話が始まった。 「……」 全員の視線が一樹へと集まる中、遠くから運動部のかけ声だけが聞こえてくる。 ゴクリ、と誰かがつばを飲んだのが分かった。 「いきなりなんだけど、実は俺は、俺達が今見ているこの『現実』は本当の現実じゃないと思っているんだ」 しかし若干の緊張を孕んだ空気は、そう切り出した一樹の言葉によりあえなく霧散した。 「……は?」 あまりにも突拍子がない話に、意図せず呆けた声を出してしまう。 思わず視線を向ければやはりみんなも同じ気持ちのようで、ポカンとしているのが見えた。 「…分かってる。いきなりこんなことを言われて、すんなり飲み込めるはずなんてないよな。もちろんその根拠については今から話すよ」 呆然とする俺達を見て一樹が苦笑いを浮かべる。 だってそれはそうだろう。 いきなりこの世界は現実ではないと言われても、どう受け止めればいいのか。 だが話を聞くと決めたのは自分達だし、とにかく最後まで聞こうと目で続きを促す。 と、ありがとうと言うように一樹が頷いてまた口を開いた。 「それで、まず最初にそう思ったきっかけなんだけど、これはある夢を見るようになったからなんだ」 …ん? ただ話を聞いて間もなく、内心で首を傾げた。 …夢? その言葉はなんだか妙に引っかかり、つい意識が内へと向かい始めるも、そんな俺を余所に一樹の話は続く。 「その夢の中で俺はずっと眠っているんだ。夢の中で寝ているというのも変な話なんだけど、とにかくやけに生々しい夢でね。夢なのに身体はピクリとも動かないし、聞こえてくるのも自分の呼吸の音と、あとは何かのアラームのような音ばかりなんだ。そんな中でなんとか瞼を開いても、チカチカと赤いランプが点滅しているだけでやっぱり他には何も分からない。  …でも強烈な焦燥感だけは常に胸の内にあって、しかも同じ夢を繰り返し見る度に強まっていくんだ」 「……」 しかしそれを聞いた瞬間、俺は戦慄した。 内容だけを聞けば先ほどと大差ない、突拍子もない話。 だが俺は…その夢を知っている…! 今の今まで忘れていたが、今一樹が言っていた夢は、確かに俺も見たことがあったのだ。 それも何度も。 ど、どういうことだ…? 今まで忘れていたのは、それが夢だからだ。 起きた直後は覚えているが、間もなくして大したものではないと忘れ去られ、消えゆくもの。 だが冷静に考えれば、同じ夢を連続して見るなんておかしなことだった。 その上、それを自分以外の者も見ているのである。 ぞっと鳥肌が立つのを感じながら、ふとみんなへと目を向ける。 そして、ぎょっとした。 「……」 というのも美弥子先輩、栗山、静音、全員が思わぬものでも見たかのような、思い思いの表情を浮かべていたのである。 …まるで、その夢に心当たりがあるかのように。 ま、まさか…。 「…!」 凍り付く俺達を見て、一瞬一樹から息をのんだような声が聞こえてくる。 「…いや、話を続けよう」 でもそう言っておもむろに話し始めたので、俺の方もハッと我に返った。 そ、そうだな、まずは話を聞かなくては…。 疑問や動揺など、様々な感情で早くも気持ちはごちゃごちゃになりかかっていたが、ひとまず脇に置いておき、深呼吸を一つして一樹の方へと向き直る。 ゴクリ、と今度は俺の喉が無意識に鳴った。
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