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天音の後を付いて公園から出ると、見覚えのある道路に出た。
「私の家、すぐそこなんで。傷の手当てくらいしますから。」
…あ、そうか。見覚えあると思ったらこの前来たんだ。
「あ、あのさ、見ず知らずの人を家にあげちゃって大丈夫なの?」
「フフフ、私、昔から不思議な感覚があるんです。」
「不思議な感覚?」
「はい。人を見ると、その人の本質が分かるというか。上手く言えないんですけど、こうオーラが見えるみたいな感覚なんです。あなたは間違いなく良い人です。あ、そういえばまだ名前知らなかったですね。私は橘川天音です。」
「…星野涼一です。」
「星野さん。何か初めて会った気がしないです。何だろ、変なこと言いますけど、身内っていうか、親戚みたいな…そんな感覚で。」
…確かに無関係な関係じゃないし、ある意味身内以上かもしれない。こちらは、君の命を陰で守っているんだからな。不思議な子だな。
天音は、俺をリビングへと案内した。ちょっとお金持ちって感じの品のいいリビングで、俺はソファに腰を下ろした。
「今、救急箱持ってきます。あの、もし良かったらその服も洗濯しますよ。父のジャージ持ってきますんで。」
「あ、いや、さすがにそれは…。」
「もうここまで来たら一緒ですから!ちょっと待っててくださいね。」
…展開が早い。まぁ、勿論、彼女は人助けの意味しかないだろうが、勘違いする奴はするぞ。俺は大丈夫だけど…うん、多分大丈夫。
すぐに天音は救急箱とジャージを持って戻ってきた。
「じゃあ、先に着替えちゃってください。すぐに洗濯しちゃうんで。」
「すみませんね、ありがとう。…あれ?」
全く部屋から出ていく様子がない天音を俺はキョトンと見つめた。視線を感じた天音は、何か?って表情で俺を見返してきた。
…おいおい、今から俺、服脱ぐんだけど。あ、そういう感じですか。そうだよな、俺が変に意識してるだけだな。
俺は一応、天音に背中を向けながらシャツを脱いで、上半身裸になった。すると、丁度正面となるリビングのドアが突然開き、入ってきた女性と目が合った。
「…え?」
「えっ!?」
間違いなく天音の母親であろう人物は、上半身裸の見知らぬ男である俺を見て固まっていた。何かいい言葉はないか、俺は脳内にある語彙の引き出しを一瞬で確かめた。
「…こ、こんにちは。」
…捻り出して出た言葉がこれか、俺!ほれみろ、お母様、全く無反応で俺を不審な目で見てるじゃねぇか。
「…あ、あの…。」
「あ、お母さん、お帰り!」
天音は驚くことなく、飄々と母親に駆け寄り、経緯を説明していた。頷きながら聞いている母の姿を見て、どうやらオオゴトになることは回避できそうだ。
「あ、あの、すみません。娘さんの言葉に甘えてしまって。すぐに失礼しますんで。」
「事情は今聞きました。記憶喪失の気があるのでしたら、少し休まれてください。娘の提案とおり、どうぞシャワーを浴びてきてください。」
と、いうわけで俺は今、さっき出会ったばかりの天音の家の風呂を借りている。ここまでの展開に俺自身がついていけなくなっている気がする。
…とにかく風呂から出て、洗濯が終わったら速攻で出よう。間違いなく久利達も呆れてるだろうからな。
だが、俺の計画は一瞬で砕けた。ジャージを着てリビングに戻ると、いい匂いが部屋中に充満しており、ダイニングテーブルにはいくつもの料理が並べられていた。
「あ、こっちに座ってください。」
「え、いや、そんな、悪いですよ。」
「昨日の残り物ばかりですから遠慮しないでください。」
俺は二人に言われるがまま、席に座ることになった。ふと、壁の時計を見ると夕方の六時を回っていた。
…そういや、今日は昼飯も食べずにずっと戦い続けてたからなぁ。
そう思った瞬間、遠慮ない大きな音で腹が空腹を告げた。
「…あ、すみません。」
「フフフ、お腹空いてるんですね。今日は主人は会社の飲み会で不在なんですよ。遠慮なく食べてください。」
「恐縮です。いただきます。」
「あ、星野さん、お母さんの料理でオススメなのは、この唐揚げ!是非食べてみて。」
俺は天音に勧められるがまま、唐揚げを取り口に運んだ。
「うまっ!」
作り置きとは思えないジューシーな唐揚げに思わず口に出した言葉に、二人は嬉しそうに笑っていた。
「それで、記憶喪失の方はどうなんですか?ご自宅は?」
「だ、大丈夫です。シャワーお借りしたら頭もスッキリしまして。…この怪我も、さっき車に轢かれそうになった猫を助けようとして転んで頭を打ったことを思い出しました。」
「まぁ、猫を助けたんですか?それは素晴らしいですね。」
「い、いや、結局あなたたちにはご迷惑をお掛けしちゃってますから…。それにしても、優しい娘さんですね。ほんとに助かりました。」
俺はこれ以上作り話の風呂敷は広げまいと話題を変えた。
「ありがとう、天音ちゃん。」
俺がお礼を言うと、天音は顔を赤らめながらニコッと笑った。その屈託ない笑顔は、俺の心を浄化するような輝きを感じた。
…可愛いな。
俺は素直にそう思って、箸を持ったまましばらく天音の顔を見つめてしまった。
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