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再び唐揚げを取り、口に運びながらふと庭に通じる窓に目を向けると、プットが窓に貼り付いて、潰れた顔をしながらこちらを睨んでいた。
「ぷーーーっ!!」
俺は思わず口に入れた唐揚げを吐き出した。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「ゴホッゴホッ、す、すみません。…えと、あの庭にいらっしゃる可愛いワンちゃんと目が合いまして。」
「あ、可愛いでしょ?」
母親はそう言うと、窓を開けてプットをひょいっと抱き上げた。
「柴犬の五右衛門くんでぇす!」
…ご、五右衛門。プットじゃなかったのか。プットはホントの名前で、この家じゃ五右衛門っていう名前なのか。てか、ギャップあり過ぎだろ、名前に。
「ご、五右衛門くんってことはオスですね。か、可愛いですね。」
「五右衛門は、私がペットショップで一目惚れしたの。ねぇ、母さん。」
「そうね。ペットショップ入ったら脇目も振らずにこの子のとこに行って。なんだか引き寄せられたみたい。不思議な力でも使われたのかしらね。」
…多分、不思議な力を使ってますよ。
「ハハハ、う、運命みたいな感じですね。あの、ちょっとトイレ借りますね。」
「どうぞ。リビング出て右手のドアです。」
俺はそそくさとリビングから出てトイレに入った。
…すっかり忘れてたわ、プットの家ってことに。久利たち以上に何か言われそうだから、早目に退散しないとな。
ガリガリ。ガリガリ。
ドアを何者かが引っ掻いている音がした。別に陽を足したいつもりもなく、便器に腰を下ろしていた俺は、嫌な予感がしながらもドアの鍵を開けて、ゆっくりドアを開けた。隙間が出来た瞬間、パッとプットが中に飛び込んできた。
「来た!」
「何が来たじゃ。星野殿、一体どのようなつもりでいるのだ。アンジュ様に近付くのは避けていただきたい。」
「別に俺から近付いたわけじゃないですよ。たまたま俺を助けてくれただけで。」
「…さっきの星野殿の目は何じゃ?」
「さっきのって…。」
「アンジュ様をじっと見つめて、まるで恋心を抱いているような眼差しに見えたのだが。まさかと思うが…」
「あるわけないじゃないっすか!天音ちゃんに恋するなんて!」
俺は話を逸らすために、そのまま立ち上がりドアを開けて出ようとすると、目の前に天音がこちらを見て立っていた。
「うぇ!?」
俺は声にならない声を出した。
「あ、五右衛門、ここにいたの!?」
五右衛門ことプットは、くぅ~んと甘える声を出して天音に擦り寄った。
「すみません、トイレの中なんて入っちゃって。」
「いえいえ、可愛いワンちゃんで。ハハハハハ…。」
俺はそのままリビングに戻ろうと歩き出したが、服の裾をギュッと掴まれ足を止めた。俺はゆっくり振り向いた。
「あ、あの、さっきの言葉…。」
「え…。」
…そりゃ聞こえてるよな。てか、普通にめちゃめちゃ失礼な言葉だったし。
しかし、天音の表情は俺の予想とは裏腹に、赤らめて照れてるように見えた。
「…さっきのって、一人言ですよね?」
「え…。」
…プット…じゃなかった、五右衛門と話してたなんて言えないな。てか、一人であの言葉言ってたとなると…なんか、まるで自分に言い聞かせてるみたいな…。
「…恋してもいいですよ、私は。」
…え!?な、ななななな何だこの展開は。
慌てて視線を下ろすと、禍々しさを感じるほどの鋭い視線を放つプットが映り、俺は我を取り戻した。
「あ、あの、天音ちゃんは何でさっき出会ったばかりの俺を…?」
「言ったじゃないですか、私は見ればその人の本質が分かるって。星野さんみたいな人は初めてです。」
「俺の本質って、そんなにいいんですか?」
「フフフ、秘密です。」
「天音ぇ!五右衛門居たぁ?」
リビングから母親の声がし、天音は五右衛門を抱き抱えて、リビングに戻っていった。俺は、あやふやなまま放置され、胸の高鳴りが収まらず、深呼吸をしてから、リビングに戻った。
再びテーブルについてから、他愛も無い会話も始めたが、俺は恥ずかしさを覚えて天音の顔を見ることが出来ずに過ごしていた。
「あ、あの、そろそろ…。」
「あら、もうこんな時間なのね。ご自宅には帰れるのよね?」
心配そうに聞く母に対し、俺は「はい。」と答えた。
「ほんとに色々とありがとうございました。」
「また来てくださいね。天音、玄関まで送ってあげて。」
俺は庭に出ていたプットに会釈をした。プットは相変わらず冷たい視線を送っていたが、俺はそれ以上は何もせずに天音に付いて玄関に向かった。
廊下に出ると天音が背後の俺に振り向かずに小さな声で言った。
「また会えますか?」
俺は色々考えた。会うべきではないと頭の中では理解していた。でも、気持ちは会いたいで即答したかった。
「…その間は…。」
「あ、いや。…会いたい…です。」
結局俺は自分に素直な人間なんだと理解した。すると、天音は振り向きざまに俺の手を掴み、何かを俺の掌に置くとギュッと握らせた。
「また連絡してください。」
俺は微笑みながら頷き、「ありがとう。」と言って玄関を出た。天音はドアが閉まる瞬間まで手を振っていた。
玄関のドアが閉まり、俺がふぅと溜め息を付いてから視線を正面に向けると、こちらを睨んでいる少女と目が合った。
…今度は何だ。
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