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「久利さん!そいつです!虎紋の家に来たやつは!」
「そうか。」
久利は変身をして剣の柄に手を掛けた。その瞬間、男は「よいしょ。」と言いながらゆっくりと立ち上がった。
「まぁ待て。」
男は手を前に出し久利の動きを止め、冷静な口調で話を続けた。
「俺はもうアンジョ…アンジェを狙うのは止めた。」
「ふん、誰がお前の言葉になんか耳を貸すか。」
「テネブルを離れた俺にはアンジョを探す意味などない。俺はエコーから逃げてきたのだ。」
「エコーから逃げてきた?ふん、さっきはいきなり殺しに掛かったじゃないか。」
「…心を入れ替えた。お前らならエコーに勝てるかもしれんからな。」
すると、久利は何も言わずに剣を男に振り下ろした。
グサッ!
「…なっ!?」
男は久利の攻撃を避けることなく腕で受け止めた。切断すらしていなかったが、腕の肉に食い込んだ剣からは血が滴っていた。
「…お前、わざと喰らいやがったな。」
「俺は生憎"痛み"というものを感じない体質でな。おまけに治癒力も高い。」
男の腕の深い傷はまるでビデオの逆回しのように、見る見る間に塞がり、綺麗に消えてしまった。
「…反撃しねぇのか。」
「だから言っただろう。俺は心を入れ替えた。お前らに信じてもらうにはこのやり方しか思いつかん。」
久利は俺に何かを言いたげに振り向いた。
…今のやり取りで、この男を信じろというのか。虎紋の親父さんを殺そうとした男だぞ。けど、この場で争うことは今は得策とは言えないか。エコーの情報を聞き出すチャンスでもあるしな。
「しっかし、きったねぇ部屋だな。俺の家の方が何倍も綺麗だぞ。」
「だろ!ほんとに女の部屋とは思えないだろ。」
「見た目はちゃんとした姉ちゃんなのにな。」
「でも性格はこの部屋に似てガサツだぞ。」
考え事をしていた俺がふと視線を向けると、久利は床に座って男と談笑をしていた。
「ちょ、久利さん!?」
「涼一、もしこの男が本気で言ってるなら、エコーの事を聞き出すチャンスじゃねぇか。俺たちはいずれはエコーを倒さないといけねぇんだからよ。」
「…確かにそうですけど。」
…まさか、本気でこの男のことを信じてるわけじゃないよな。
俺は花畑さんを、とりあえずごみ袋のベッドの上に下ろしてから、座れる場所を探して腰を下ろした。
「…で、まずなんて呼んだら?」
「俺か。俺はフォラスだ。」
「フォラス、何でお前はテネブルを抜け出してきたんだ?」
俺は質問をする久利をチラリと見ると、腰に携えた剣にしっかりと手を掛けていた。いつでも剣を引き出すことができるということであり、やはり久利も奴を信用しているわけではないと分かり安心した。核心をつく話題になればなるほど、奴も本性を現すだろうと思っている。
「エコーは仲間を殺した。」
「…仲間?…グレモリーとかいう女か。」
久利の質問にフォラスは頷いた。
「エコーは俺たちをゴミのように扱っている。俺もいつ殺されるか分からんからな。」
「エコーは、アンジュの力を手に入れたら何をしようとしているんだ?」
「さぁな、そんなの下っ端の俺には分からねぇよ。だが、アンジュ?とかいう女の力を持ってすれば宇宙の支配が可能だと仲間から聞いた。」
「宇宙の支配ね。」
スケールの大きさに久利は苦笑いを浮かべていた。
「けど、フォラスはよくエコーからここまで逃げられたな。」
「あぁ、仲間が手助けをしてく…っ!?」
フォラスだけでなく、久利と俺も同じタイミングで窓を見た。俺にも初めて頭の中でサイレンが鳴った。
「…敵さんのお出ましだ。」
「…この気…バラムか。」
「…バラム?」
「頭が三つあるいけ好かない野郎だ。」
「涼一、行くぞ!」
久利は窓を開けながら言った。
「フォラス、お前も一緒に来てほしい。」
「あぁ、勿論そのつもりだ。」
久利が窓から出るとフォラスは俺に振り向いた。
「…な、何だよ。」
「お前の友達の父親にしたことは済まないと思っている。」
「…え?」
フォラスは久利を追って出ていった。
…な、何だよ。こいつの本性が全くわからん。さっきまで虎紋の親父さんを殺そうとした奴だぞ。そんな奴を信じろと言うのか。
俺は複雑な思いのまま、花畑さんの寝顔を確認してから変身して二人を追い掛けた。
今日も厚い雲がかかっており、どうやらバラムとやらはあの上にいるようだ。スピードを上げて雲に突入し、久利たちに追い付いた俺は同時に雲から飛び出した。
俺たちに気が付いたバラムとやらが、くるりと振り向いた。
「…頭が三つ、気色わりぃな。」
久利の言葉通り、羊、人間、牛という三つの頭を持つその姿は気色悪く、不気味という他無かった。
「…ガーディアンですか。」
人頭が目を細めて言った。
「テメェ、今気色悪いって言ったのか!?いきなり喧嘩売ってきやがったのか!」
牛頭が久利を睨み付けながら声を上げた。
「お止めなさい。いきなり失礼な。」
「うっせぇ。最初に失礼こいてきたのはあっちじゃねぇか!ガーディアンだろ、ぶっ殺す…あ?真ん中のデカ物はガーディアンじゃねぇなぁ。」
「おや、フォラスじゃないか。ノワールから姿をくらましたと思ったらこんなところにいたのかい。それも、ガーディアンと一緒にいる。…どういうことですかな。」
「…答える義務はねぇよ。」
フォラスの答えにバラムの放つ気が明らかに変わった。
「…フォラスと戦うというのは誤算ですな。」
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