期待

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期待

 野島さんと並び公園のベンチに座る。 ラッキーは遊び疲れ、眠っていた。 「急にお休みされたので、心配しました」 私は素直な気持ちを伝える。 「一言声を掛ければ良かったんですけど。すみません。早朝に思い立って、すぐに出掛けたんです」 どこに出掛けたのか、聞いていいのか分からなかった。 すると野島さんは遠慮気味な雰囲気で話し始めた。 「実は、写真を撮りに行っていたんです。北海道まで...」 「そうだったんですね。北海道ですか...実は、野島さんがいなくなった時に、吉岡さんに桜の写真を見せてもらいました。本当に綺麗でした。本当に好きです」 少しの沈黙。 ”好き”と口にしたのはあまりにも久し振りだった。 野島さんに対しての”好き”ではなかったけれど、”好き”とういう単語を声に出した事に驚いた。 心臓の音が聞こえてきそうだった。 「ありがとうございます」 野島さんはいつもの優しい笑顔を見せる。 また沈黙。 でもラッキーがいるからなのか、気を遣うような沈黙ではない気もした。 それでも何か話したくて 「ラッキー、預かってるんですか?」 と聞いた。 「1ヶ月に一回、長めの散歩を僕が担当する事になって。あの日がきっかけで、映画館に来てくれるようになって。ラッキーのお陰なんで」 と、ラッキーの頭を撫でた。 ラッキーは目を覚まし、二人を交互に見てまた眠った。 「ギターですか?」 私の隣に置いてあったギターケースを見て言った。 「はい。少し音楽をやっていまして。と言っても趣味みたいな感じなんです。あ、野島さんは結構前からここに来てるんですか?」 「そうですね。学生の頃からここに住んでますから」 「この辺り、路上ライブをやっていたって聞いたんですけど知ってますか?」 「知ってますよ。よく聞いてました。依子さんもライブするんですか?是非、聞きたいです」 真っ直ぐな目で見られた。 「こ、今度...やってみようかなって思っています」 「是非誘って下さいね」 「はい。じゃあ、野島さんの写真も見せて下さいね」 野島さんはこっちに向き直って、真剣な顔になる。 「このあと時間ありますか?」 ある事を伝えると、 「写真、見て欲しいんです。ちょっとここで待ってて下さい。ラッキーを飼い主さんのもとに帰して、写真持ってすぐ来ます。すみません」 立ち上がり、ラッキーを起こして、走って公園を出て行った。 なんとも不思議な人だ。 静かだけど、急にタップダンスしてみたり、思い立って北海道に行ったり。  十分くらいして、野島さんが戻ってきた。 「お待たせしました」 大きなカバンを二つ持っていた。 「北海道で撮った写真、是非見て欲しくて」 と私に写真の束を渡した。 写真には北海道の広大な自然が映し出されていた。 山には雪が少し、積もっていた。 「向こうはもう本当に寒いです。これからどれだけ寒くなるんだろうって感じです」 写真を次々に見る。 どれも本当に綺麗だった。 一通り見て私は 「もっと見たいです。言葉に出来ないくらい感動してます」 と伝えた。 その通りだった。 好きな人の撮った写真だからじゃない。 それもあるのかもしれないけど、野島さんの写す世界は私の好きな世界だった。 野島さんはまた私に向き直って言った。 「依子さんにお話したい事があります」 「え?」 期待してはいけないのに、期待だけが溢れていく。
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