これから

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「これ、良かったらどうぞ」 屋上で野島さんに花束を手渡す。 「こんな花束なんて初めてかもしれない。ありがとう」 恥ずかしそうだった。 「この写真展が出来たのは依子さんのお陰です。依子さんの写真を撮れたから、久しぶりに写真展を開く事が出来ました」 「そう言って頂けて嬉しいです。私も野島さんのお陰で、また一歩踏み出せそうです。なんだか格好付けてるみたいですけど...一人の為の歌。そのリアルと奇跡を歌おうって強く思えたので...来週の土曜日の夕方、この間と同じ場所で路上ライブをやろうと思っています。是非来て欲しいです」 「もちろん行きます。楽しみだな」 笑顔の野島さんを見られて、凄く嬉しかった。    路上ライブの日。 私はとてつもなく緊張していた。 それもそうだ。 これまでの日々、私は散々逃げてきたのだ。 本当にやりたい事をやっているフリして、出来ていなかった。 誰かに届けたかったのに、遠回りともいえない程、遠い道のりだった。 「ここは僕の世界 誰も怒らない 悲しみに泣かない それはただの理想 分かってる だけど生きる そして歌う」 家を出る前、河村くんが作った歌を歌った。 母が好きだった歌。 少しだけ心が落ち着く。  ライブは17時からを予定していた。 野島さんの他に、吉岡さんや映画館でよく会う人達にも声を掛けていた。 ギターやマイクの準備をしていると、少しだけ人が近くに集まってきた。 吉岡さんを誘った時に話を聞くと、ここは以前から路上ライブを始めると人が集まりやすいらしい。 穏やかなこの場所が人々の心にゆとりを与えてくれているのだろう。 前に話し掛けてくれた女の子とお母さんも見つけた。 人集りが気になって、来た人もいたし、映画館で知り合った人達も来てくれた。 吉岡さんは私の横に来て 「楽しみにしてたわよ。依子ちゃんも楽しんで」 と私の手をギュッと握ってくれた。 17時になる1分前。 野島さんが来た。 正面の後ろで私の方を見て微笑む。 私も微笑んだ。 心が落ち着いた。  いよいよライブスタート。 こんなに人が集まると思わず、驚いてはいたけれど、沢山の人に曲を聴いてもらえると思うと嬉しさに心が震えた。 「こんばんは。ちゃんとした路上ライブは今日が初めてです。これから私が作った曲を歌います。最初は”わたし”という曲です。聞いてください」 最初の曲はこれまでの私を歌った曲だった。 「ありがとうございます」 拍手が沸き起こった。 想像よりも大きい拍手に驚きと喜びを感じた。 「次に、私の亡くなった母への想いを歌います。聴いて下さい。”優しい声に”」 息を大きく吸う。 イントロはなく歌から始まる曲。 あまりにもリアルに毋を思い出してしまう。 途中は涙を堪えるのに必死だった。 母の優しい笑顔、声。 温かい手に、私を導いた言葉たち。 歌声も震えてしまう。 最後の和音を弾くと、優しく温かい拍手に包まれた。 吉岡さんは涙を流し拍手を送ってくれていた。 「ありがとうございます。次が最後の曲になります。今日は足を止めて聴いて頂き本当にありがとうございました。 これからは定期的に作った曲を今日のように歌いたいと思っています。それでは聴いてください」 イントロをギターで弾く。 歌い出しの時、野島さんと目が合った。 野島さんを想い作った曲。  二人は空を見上げる  一人では気付けなかった  出逢ってからの経過時間は関係なく言葉が溢れていった    夜は寂しく悲しく暗い  涙の跡にも気付けないはずだった  肩を並べて歩く今だから  明るい歌はいらないの  本当の事を聞かせてほしい  私だけの願いであっても  虹を見た日は消えないで    二人は奇跡を描く  一人では気付けなかった  悟ったように過ごしていてもそんなのは私なんかじゃないんだよ  夜は寂しく悲しく綺麗  涙の後には何かがあるはずで  肩を並べて 語る今だから  明るい歌を探そうよ  同じ気持ちを分け合ってみたい  私だけの願いであっても  虹を見た日を忘れない    空を見上げるようになったあの日から  気付けなかった事にこれからは気付きたい  あなたを知りたいと伝えたい    肩を並べて歩く今だから  明るい歌はいらないの  本当の事を聞かせてほしい  私だけの願いであっても  虹を見た日は消えないで  また会いたい  雨が降っても   明るい歌が流れるまで    歌い終わると拍手が沸き起こる。 本当に幸せだった。 野島さんを見ると笑顔で拍手を送ってくれていた。
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