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想い
ライブが終わり、吉岡さんや他の知り合いの人に来てくれたお礼を伝えた。
皆んな帰った後、片付けをしていると野島さんが
「この後時間ありますか?良かったらちょっと話しませんか?」
と公園のベンチを指差しながら言う。
「片付け終わったら行きます」
と伝えると、野島さんはベンチに向かって行った。
私は急いで片付けをした。
ベンチに行くと野島さんはオレンジジュースとりんごジュースを持っていて
「お疲れ様です。どっちがいいですか?」
とジュースを交互に見せた。
「じゃあ、りんごで。ありがとうございます」
「お疲れ様でした」
左手に持っていたりんごジュースを渡される。
二人でほぼ同時に、一口目のジュースを飲んだ。
その間に、何を言おうか考える。
あんなに野島さんへの想いたっぷりの歌を、本人の前で歌った後なのだ。
野島さんが咳払いをしてから、話し始めた。
「曲、全部良かったです。依子さんらしい、この港に合う歌でした。歌声も誰にも似ていない」
野島さんは小さく拍手する。
私は両手を横に振り
「恥ずかしいのでやめて下さい」
と笑いながら言う。
「最後の曲。僕と虹を見た日の歌ですよね?...」
「そうです。なんだか恥ずかしいですけど。でも、写真のあの風景を言葉としても残したくて。その、なんと言うか...」
「嬉しかったです。”虹を見た日は消えないで”のところ好きです」
「ありがとうございます」
少しの沈黙。
りんごジュースを飲む。
「僕も同じ気持ちですよ」
野島さんが言った。
「あの歌詞は僕の気持ちでもあると思いました」
野島さんの方を見る。
野島さんはオレンジジュースを飲む。
「オレンジジュース美味しいな」
小さく呟く姿は子供のようだった。
それから私の方を見た。
「好きです」
「え...」
「依子さんの事が頭から離れません」
嬉しかった。
とてつもなく嬉しかった。
「私は...私も...野島さんが好きです」
二人で笑う。
「恥ずかしいですね」
野島さんは照れた笑顔で、下を向いている。
「私はあの曲を歌ってる時も告白しているような気持ちだったので。今日は2回目です」
「そうだったんだ。ありがとう。あの歌を聴いて、今日気持ちを伝えようと思ったんです。そういえば、曲の名前、言ってなかったですよね?」
「実はなかなか決まらなくて。でも今決めました。”涙のあと”。どうでしょうか?」
「いいですね。とてもいいです。雨上がりの虹を思い出します」
野島さんはそっと私の手を握った。
「本当にありがとう」
冷たい手。
私の手も冷たかった。
二人はしばらく港を眺め、互いの想いを感じ合う。
手は少しだけ温かくなった。
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