少しずつ

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少しずつ

 私は、週に一度は路上ライブをするようになっていた。 最初は知り合いを誘い、私の歌う姿を見てもらうという目的があった。 自分が曲を作っていたり、それを歌うという事さえ隠していたからだ。 けれど2回目からは、どれだけ知らない人に届く歌を歌えるかが問題だった。 そんな中でも野島さんは、時間があるとライブを観に来てくれていた。 「3曲目のここが特に好きだった」 とか 「あの曲のシーンのような写真が撮りたい」 と感想を伝えてくれた。  野島さんは、コンクールに出す為の写真を撮りによく出掛けていたし、映画館の上映本数も増やしていた。 写真と同じくらい映画館も大切にしたい、という想いが強くなっているそうだ。 私も休みの日には映画を観に行く事もあった。 少しずつではあるが自分が変わっている。 それと同時に好きな人がいる事の幸せも感じていた。  ある日、二人でデートに行く事になった。 初めて路上ライブをし、好きと伝えたあの日から一度もデートというデートをしていなかったのだ。 野島さんが路上ライブに来てくれた時に公園で話したり、野島さんの映画館で話したりはしていたけれど、他の所に行こうとはお互い言っていなかった。 最初はそれくらいがちょうど良く、二人の距離は少しずつ近づいているようだった。 天気の良かった日の夜。 路上ライブの帰りに港で、野島さんが夜景を撮りながら話す。 「今度、写真を撮りに行こうと思っている公園があるんです」 「何か撮りたいものがあるんですか?」 私は言葉を待つ。 「人気のデートスポットらしいです。デートしたいんです」 「えっ?」  カメラを覗いている野島さんを見た。 野島さんはカメラから目を離し、 「そういう事です」 と笑った。 「僕が初めてカメラを使うきっかけになったのが、実はその公園で。小学六年生の時、祖父と一緒に行ったんです。そこで祖父からカメラを貰ったんです。おさがりですけど。それからはあっという間に写真にハマりました。中学生になって写真部に入ったのも祖父の影響です。だから最初にちゃんと写真を撮ったのはその公園なんです。原点回帰。そこをデートの場所にするのもどうかと思うんですけど...」 「行きたいです。原点回帰。楽しみ」 すると、野島さんがカメラをこっちに向けた。 シャッターが切られた。 「依子さんはこの場所がとても似合います。夜のこの港が。初めて会った日にもそう思いました」 もう一度シャッターが切られた。 「僕を見つけてくれてありがとう。声を掛けてくれてありがとう」 またシャッターが切られる。 私は何も言えずに、ただカメラを見て笑った。 もう一度シャッターを切り野村さんは 「写真を撮りながらだと、言いたい事がスラスラ言えるな~」 と、おどけてみせた。 「変わり者ですね」 私も、照れるのを必死に隠した。
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