会いたかった

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会いたかった

 デートの日。 公園には沢山の子供がいた。 遊具で遊んでいて、その近くのベンチでお母さん達が楽しそうにおしゃべりしていた。 パッと見た所、カップルは1組もいなかった。 「人気のデートスポットって言ってませんでしたか?」 「言ったんですけど...じいちゃんが昔言ってた事だったから...もうデートスポットではないのかもしれません。ごめんなさい」 野島さんは軽く頭を下げる。 「私はカップルだらけというよりは、こういった公園の方が好きです」 と言い、 「あの奥のベンチに座りませんか?」 木に囲まれたベンチを指差した。 二人肩を並べ座る。 自然と以前より二人の距離感は近くなっていた。 「そうだ。僕が写真を始めた頃のものを持ってきたんです」 野島さんはカバンからアルバムを出した。 野島さんがアルバムをめくりながら写真について話してくれた。 二人の距離はさっきよりももう少し近くなる。 「これはじいちゃんの手ですね。最初にシャッターを切ったものです。少しブレてるでしょ?あと、これは僕の実家の部屋から見える電柱ですね。窓の外にいつもあるものを写真にするだけで、何だか特別感が出て、凄くお気に入りでした」 一つ一つ思い出を語っていく。 「良いですね。日常の中の特別」 「これは弟ですね。学校から帰ってくると、近所の公園でスケートボードをしてました。ジャンプの瞬間が撮れた時は本当に嬉しかった」 野島さんの事を知っていくのが楽しくて嬉しかった。 知らないままでいいなんて思えなかった。 勇気が出ないからと、想いを伝えずにいるなんて考えられなかった。 今がこんなに愛しい。 伝えられて良かった。 「依子さん?大丈夫ですか?僕ちょっと話しすぎましたね。一枚一枚話してたら日が暮れちゃいますね」 「いいえ。話してほしいです。嬉しいんです」 私は 「この写真は?」 と次の話を待った。  アルバムの最後の方。 下の方を向いた女性がベンチに座っている写真があった。 「これはいつもの港の公園です。写真部に入りたての時で、コンクールの為に1人で公園に行ったんです」 嘘かと思った。 でもそれは現実だった。 そこに写っているのは、紛れもなく母だった。 私の大好きな母だった。 わっと輝く笑顔の母と大きなお腹。 写真の日付を見ると、私が生まれる二週間前のものだった。 「その写真。その時僕、ぼーっとしていて、ペンキ塗りたてのベンチに座っちゃったんです。映画みたいだよね。もう少し分かりやすいように、テープで周りを囲ってくれてたら良かったのに...それで困ってたらその女性と旦那さんが声を掛けてくれて。旦那さんは僕のお尻まで拭いてくれて」 よく見ると写真の母の右手は誰かに握られていて、その手の薬指には指輪があった。 「僕が撮影をお願いしたら旦那さんは、恥ずかしいから妻と娘を撮ってくれませんか?って。奥さんが一緒に写ろうよって言ったから、最終的に手だけって事になったんです」 私はその写真をしばらく見つめていた。 家族写真。 初めて見た父の手。 生まれる前の私を見つめる母の目。  私は近くに人がいない事を確認し、稀にある怖いもの知らずで、野島さんの頬にキスをした。 距離が近づく。 心の距離も。 野島さんに父と母の事を聞こう。 もっと話を聞きたいし、もっと野島さんに話したい事がある。 目を丸くした野島さんを見て、私は笑った。 あの日見た、彼の涙の跡はもう、消えただろうか。
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