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変わり者
私が今まで好きになった人はだいたいみんな、変わり者だった。
中学生の時、好きになった男の子がいた。
河村春太という、なんとなく爽やかな名前。
クラス全員が笑っている時は真顔で自分の世界に入っていて、みんなが真剣な時に何か面白い事を発見し、笑いを必死で堪えていた。
そんな彼を見ているのが学校へ行く一番の楽しみだった。
河村君は目立ち過ぎず、地味過ぎず、けれども決まった誰かとつるむ訳でもなく、自分の世界を持っていた。
私はなんとか孤立しないようにとその時々で、笑って見せたり、悪ぶってみせたり。
必死じゃないふりして凄く必死だった。
だから私は自分を持った河村君にひっそりと想いを寄せていた。
河村君のようになりたい...君のように生きてみたい...
伝えたい事は結局伝えられないまま。
伝えようとも思ってなかったのかもしれない。
怖いから。
季節は秋で、合唱コンクールが近づいていた。
本番一週間前から朝練も始まっていた。
その日は前の日の合唱練習で、しっかりと歌う人と、口を小さく開けて歌う、または口パク、または歌う事すらしない人との間に溝ができ、合唱リーダーの女の子が怒って泣いてしまった次の日だった。
その子は
「もういい!明日の朝練はしない!」
と仲の良い女の子達に囲まれながら怒鳴っていた。
次の日。
その言葉を真に受けた私は遅刻ギリギリで学校の玄関に着いた。
すると耳に私のクラスの曲が入ってきた。
他のクラスと被る事はないから間違いない。
みんな練習に来ている!
自分のクラスの靴箱の方に行くと、ちょうど河村君が靴を履き替えていた。
一瞬目が合ったけれど、ほとんど話したこともないので、お互い挨拶を交わす事もなく靴を履き替える。
河村君が先に教室に向かおうと振り返った時、パンパンに詰まった彼のリュックの片方の背負い紐が重さで千切れた。
しっかりとしまっていなかったチャックから中身が一気に流れ出る。
全てがスローモーション。
宙に浮いたノート類をキャッチしようとしたけれど、運動神経の悪い私の伸ばした腕をすり抜けてそれらは落ちていった。
そこでチャイムが鳴る。
私が拾おうとすると河村君は
「ありがとう。でも、チャイム鳴っちゃったから行って!」
でも私は
「もう間に合わないから」
と少しクールに答えた。
河村君は
「ありがとう。助かる」
と言った。
なんだか凄く幸せな時間だった。
彼の落とした教科書やノートやプリントを拾う。
一枚のプリントが目に入った。
それは合唱の楽譜だった。
そこには沢山の書き込みがされていてその隣にはもう一枚書き込みがされていない同じ楽譜があった。
すると、私の見ているものに気付いた河村君は
「あ、それ...その...僕歌が大の苦手で。口パクしてたんだけどバレちゃって...迷惑掛けないように口パクしてたんだけど...音痴だからさ。でも逆に調子に乗って格好つけてると思われちゃって...」
とオドオドしている。
私は何故か涙が溢れてきた。
それは14歳の私にとっては大きな出来事だった。
そっか...河村君もただ自分の世界だけで生きている訳じゃないんだ...迷惑掛けないようにして、から回って、こんな一生懸命...しかもその努力を見られないようにして...
河村君が俯いた私を見て
「大丈夫?」
と言った。
「大丈夫!目にゴミが!でも本当に偉いね。合唱の事もそうだけど、そのリュック。教科書ちゃんと全部持って帰ってるんだね」
クラスメイトのほとんどは、教室にこっそりと置き勉をしていた。
「ただ怒られるのが嫌いなだけなんだ。かなりの力を注いで怒られるのを避けてるんだよ」
と笑った。
そうなんだ。
そこは私と同じだな。
その後、教室に二人で一緒に入ると、遅刻で先生に怒られるし、クラスメイトには二人で入ってきた事について色々聞かれるし。
二人でただ苦笑いしていた。
河村君がこそっと
「みんな怒られたくなくて、真面目に朝練に来たんだね」
と私に言った。
そんな河村君を私はもっと好きになった。
河村君と話したのはその日のその朝だけ。
あの時気持ちを伝えていたら何か変わっていたかなと思うことがよくある。
私は感傷的な気持ちになり過ぎる前にベンチから立ち上がった。
男の人はまだ同じ場所にいた。
その日以降もそこを散歩すると時々その気になる人を見る事があった。
一度もカメラを構えず、ただひたすら遠くを眺めていた。
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