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「お引き留めしてすみませんでした」 雨が止み、話が一段落してから野島さんが言った。 沢山話をしてしまったのは私の方なのに、野島さんはペコリと頭を下げた。 私は、 「映画の話を普段話す事がなくて。久し振りに話すと止まらなくなりました。聞いて下さってありがとうございます」 とお礼をした。 「また、上映会でお会いしましょう。是非お時間ある時にでもいらして下さい」 会釈を何度か繰り返し、二人は別の方向へと向かい歩き出した。 「依子さん!」 野島さんの声。 私を呼んでいる。 振り返ると私の後ろを指差している。 指された方向を見ると、そこには虹がかかっていた。 綺麗だった。 野島さんを見ると野島さんはまたペコリと頭を下げ、 「またお引き留めしてしまいました。虹を見たのが久し振りだったので、つい」 と微笑む。 「私もです。綺麗ですね」 「はい。大雨の中話し掛けてくれて、映画の話をしてくれたお陰です」 「こちらこそ野島さんが呼んでくれなかったら、下を向いたまま虹には気付かなかったと思います」 もう一度、虹を見た。 こんなに長く眺めたのは初めてだった。 二人の会話はなんとも遠回りしているというか、丁寧すぎる気がした。 でもそれが私には心地良いとも思った。  その日の夜には曲が生まれた。 歌詞も出来た。  ふと母がよく歌っていた曲を思い出す。 なんとなく鼻歌交じりで料理をしている時に思い出した。 でも、歌詞は少ししか思い出せない。  確か私が高校生の頃だったと思う。 私が 「誰の曲?」 と聞くと母は、 「もう少し大人になったら教えてあげる。でも、依子が音楽を続けていたら出会えると思う。その人に」 と言った。 その当時もパソコンで調べたけれど見つからなかった。 「誰も...泣かない...理想...そして歌う....」 今なら分かるかもと、覚えている歌詞の一部を検索してみる。 でも見つからなかった。  母は料理をしている時、洗濯物を干す時、よくその歌を鼻歌交じりに口ずさんでいた。 2、3曲をリピートしていた気がする。 毎日のように聴いていたはずなのに思い出せない。  そもそも私が音楽を始めたきっかけは母だった。 「友達にいらなくなったギター貰ってきちゃった」 と母がウキウキしながら帰ってきた。 私が中学二年生の頃。 母はギターを適当に弾き、即興で歌った。 「依子笑って~お母さんがギターを弾くわ~毎日~」 そう歌ったのはよく覚えている。 「依子、ギター弾いてみたら?かっこいいよ!絶対モテる!」 と言い、私にギターを渡した。 その日から私はあっという間にギターに夢中になった。 ギターを弾く事になり、そこで曲が、誰かによって作られている事に気付いたというわけだ。 母がギターを貰ってくれていなかったら、いつ気付いていたのだろう。 私の今までの人生は母にかなり影響されてきた。 理由は言うまでもなく、母が大好きだからだ。 憧れだった。 今でも憧れている。 永遠に追いかけてしまうと思う。
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