変化

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変化

 屋上のドアを開けたのは野島さんだった。 「お邪魔しています」 と私は声を掛けた。 野島さんは屋上に誰かがいるのは当たり前という風に 「いい天気ですね」 と言った。 開演少し前なのに大丈夫なのかと思っていると 「近所の高校生が映画好きで手伝ってくれてるんです」 と言い、私の隣に立った。 「言おうかどうか迷ったんですけど、言います。ここで会うよりも前に一度会ってますよね?」 突然の質問に驚いた。 私が何か言う前に野島さんは 「この間虹を見た日。虹の下の依子さんの後ろ姿と、僕を起こしてくれた星空の下の後ろ姿が一致して...それで思い出したんです」 と、私の方を見た。 「ありがとうございました。あんな所で酔っ払って寝るなんて恥ずかしいです」 「ここで会った時に気付いていたのに、隠していたみたいになってすみません」 野島さんが遠くを見る。 答えを待つ。 沈黙が続く。 遠くを見たまま野島さんが 「凄く助けられたんです。”大丈夫ですか”って言葉が何だか心に響いて...」 と言いながらこっちを見た。 ドキドキした。 でも野島さんの瞳の奥に寂しさを感じた。 それを必死に隠そうとしているのも伝わった。 ”助けられた”という言葉への嬉しさと、表情から感じる切なさ。 今まで感じた事ない気持ち。 中学の時の河村くんだったり、今までの恋とは違う。 ふわふわしていない、硬いイメージ。 でも冷たいだけじゃない温かな空気も存在している。 濃い青色。  私から視線を外し、野島さんが 「ラッシー観に行きましょうか」 と言い、歩き出した。 「あの」 と勇気を振り絞る。 「ここ、TAPに出てくる屋上みたいですね」 言おうとした事と違う事を言った。 TAPに出てくる屋上のシーンが急に思い浮かんだから。  すると野島さんが急に足踏みをし始めた。 「え...どうしたんですか?」 なかなかやめない。 笑顔でこっちを見てる。 「トイレですか?大丈夫ですか?」 野島さんは足踏みをやめて、残念そうな顔で私を見た。 「すぐ気付いてくれると思ったんですが...TAPの真似をしました。タップダンスのつもりでした」 と肩を揺らし笑った。 私もつられて笑う。 「依子さんの”大丈夫ですか”は、何だか凄く真っ直ぐ届きます。よし、行きましょうか」 野島さんの後ろを歩く。 低く響く声が何度も頭と心で繰り返される。
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