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 その日、私は吉岡さんの家で夜ご飯を食べる事になっていた。  吉岡さんはお客さんではあるけれど、とても話しやすく、一緒に買い物に行ったり、映画館にも行ったりするようになっていた。  仕事帰りにケーキを買って吉岡さんの家に行き、一緒に鍋をした。 吉岡さんはいつも、私の話を聞きたいと言ってくれる。 今日のテーマは恋愛だった。 私は中学の頃の河村くんの話をしたり、憧れのシチュエーションの話をした。 「水族館にデートが一番の憧れです。イルカのショーを見たり」 「そういうのが好きなのね。よくある王道パターンね。私はおじいちゃんと行ってみたかったのは、映画館よ。おじいちゃん、じっとしていられない人でね。読書もしなかったし、常に体を動かしているような人だった」 憧れや理想の話になった時、吉岡さんは必ず、旦那さんとの憧れや理想を語る。 そんな吉岡さんの表情はとても幸せそうだった。 「あ、そうだ依子ちゃん。野島さんが撮った写真見る?新聞の切り抜きだけど持ってるの」 と隣の部屋の棚に探しにいった。 野島さんの写真。 前から気にはなっていた。 一度、調べようと思ったけれど、それはなんとなく違う気がしてやめていた。 「あったあった。これ、なんか凄い賞を撮ったのよ」 渡された写真には、桜の木が大きく写っていた。後ろに少しだけ夕焼けが見える。 よくある桜の写真ではあるけれど、色合いが他とは違い、とても綺麗だった。 「新人賞だったはずだけど、おじいちゃんが切り抜いたから、文字の部分がなくて。”写真を見れば分かるだろ”って言うのよ。でも結局、歳をとると忘れちゃって...本当に綺麗ね...」 薄いピンクとオレンジに少しの水色。 心が浄化されるような美しさだった。 「彼が学生の頃、あの映画館で何度か小さな写真展を開いていたの。おじいちゃんと一緒に行ったのよ。入り口で緊張した顔で野島さんが立っていて本当に可愛かった。写真が素晴らしくて、風景がメインなんだけど、たまに人の写真もあったわよ。この桜の写真が大きく壁に貼り出されていて、凄かった」 吉岡さんの話を聞きながら、その写真展を想像してみた。 学生時代の野島さん。 大きな桜の木の写真。 吉岡さんと旦那さんの笑顔。 「素敵だったでしょうね。行きたかった...」 「前は常に色々な展示をしてたんだけどね。今は貸し出しスペースになってて、たまには絵画展とかやってるけど...野島さんの写真展は全然しないの」  カメラを側に置き、遠くを眺めていた野島さんを思い出す。 そして、涙の跡も。
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