7人が本棚に入れています
本棚に追加
リメンバー・ミー
「社長、今年は急ですが来週であれば休暇が取れます」
「わかった。初日から島に向かうので、手配をしておいてくれ。…今年は何日取れそうだ?」
「最大6日間かと」秘書の男は眼鏡をクイっと上げた。
「そう言って、途中でまた迎えに来るんだろう」俺は苦笑い。
「あの時は緊急事態でしたから」
仕事なのだから仕方がない…。
実際、俺が毎年島でしている事に意味があるのかもわからない。
俺はテトラを失った後、強制的に本土に連行され、親父の社長業を継いだ。
島で雲隠れしている時間を利用して入念に企画したプロジェクトが当たり、お陰で毎日忙しい日々を送っている。
それでもなんとか1年の中で1度は長期休暇を取れるよう調整してもらい、あの島へ向かう。
あの日、強制的にクルーザーに乗せられ本土に向かう途中、テトラに似た若い女が少し離れた沖にいるように見えた。髪色が少し違ったので、もしかしたらテトラの姉妹かもしれない。…こちらを凄い形相で睨んでいた。
もしあの女性がテトラの家族なら、謝罪したい。
しかしあれからどれだけ海を眺めても、沖に出てみても、その女性には会えなかった。
毎年島に着くと、ギターを弾き、海で泳ぎ、ゴミを拾い、料理をする。
テトラとの思い出に浸るために。
もしかしたら…またテトラが人魚に生まれ変わって、俺の目の前に現れるかもしれない。
ギターを弾きながら、海から歌が聴こえないか耳を澄ましている。
我ながら、馬鹿だと思う。
家に帰ったらギターの弦を張り替えよう。
最近弾いていないから、上手く弾けるだろうか。
「社長、そろそろ現場に向かう時間です」
「あ、家のコーヒーメーカーが壊れたんだ。先に電気屋に寄っていいか?」
「まぁ良いですけど…。社長、早く結婚でもして奥さんに家の事くらい任せてくださいよ」秘書がため息をつく。
本来なら取引き先のご令嬢であるサユリさんと婚約、結婚する予定だったが「普通の女とは結婚できません」とお断りした。
親父はもちろんお相手も相当なお怒りだったが、俺が会社を急成長させる事で黙らせた。
最初のコメントを投稿しよう!