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「ちょ――」
「――広田、会社を辞めて実家に帰るって」
「え?」
「俺が紹介した会社と契約がまとまりそうだったのに、前の、不倫がバレて辞めた会社の人から相手にその話が伝わって、担当者を変えるなら契約すると言われたらしい」
「そんな……」
「自業自得、だけど」
確かに、そうだ。
それでも、広田さんを不憫に思うのは、和輝の気持ちが少しも彼女に残っていないとわかったからだろう。我ながら、単純だ。
「たいしたことじゃないかなと思ってたけど、やっぱり気になるから聞くけど――」と、気になる前置きの言葉が、私のうなじをくすぐった。
「――柚葉、働いてる店、俺に隠してたよな?」
「……っ」
どうして改めて聞くの、と思った。
「今更だけどさ、付き合ってる時も俺が迎えに行くの断ってたし、復帰してからも店の名前と電話番号は教えてくれたけど、住所は駅までだったし。気づかなかった俺も、まぁ、マヌケなんだけど」
最初から、私は和輝に自分の職場の正確な位置は教えなかったし、仕事終わりに迎えに行くと言われても断って中間地点で待ち合わせていた。
退職して、パートとして復帰することになった時も、最寄り駅と店の名前、電話番号だけを教えた。店の名前も、哉太くんが継いで変わる前の店の名前で教えていた。
徹底していた。
正確な場所がわかって、そこが元カノと暮らしたマンションの目の前だとバレるのが嫌だった。
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