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1.はじめての蔵(1)
(えっ?こんなところに泊まるの?)
はじめて見る父の実家にカナコは、かるくショックを受けた。
旧家……と言えば聞こえがいいが、実際はまわりを取り囲むビルや高層の建物のすきまに一軒だけ、まるで時代から取りのこされたように建つ古い木造の家だった。
黒い木塀の塗りは剥げ落ち、屋根の瓦葺きもところどころ欠けて草が生えている。
「垂上(たるかみ)」という表札も古すぎて字がかすれていた。
「ボロ屋敷じゃん!」
となりにリュックサックをせおって立つ弟のユウジは、小学三年生らしく、思ったことをそのまま口にした。
「そんなこと言わないの!——すいません、サナエさん。この子ったら口がわるくて……」
母のあずさが、あわててユウジの口をおさえて謝る相手は、ふるい着物生地をスモック風にしたてなおした仕事着をまとう中年女性だ。
「——べつに。そのとおりだから。建て直しもせず住むあたしのほうがおかしいだけよ」
ずったメガネをなおしながら、ぶつぶつとひとりごとのようにつぶやくのはカナコとユウジの叔母のサナエだ。
「うぅ——っ!こわいよ、だいじょうぶ?おばけとかでない?」
「……見たことない」
興奮気味の甥っ子にも、つれない口調で返す。まるで興味が無いようだ。
「——じゃあ、すいませんがこどもたちのことをよろしくおねがいします」
「ああ、はい」
目もあわさず、ただ届いた郵便物を受け取るぐらいのそっけないサナエのようすに、あずさは眉を少しひそめたが、気を取りなおすとこどもたちに向きあって言った。
「いい?サナエおばさんの迷惑にならないように気をつけてね。……カナコ、あんたはもう五年生でおねえちゃんなんだから、ユウジのことをお願いよ」
「——はい」
実は、ふたりをこの独り暮らしの叔母の家にあずけることについて、両親がもめていたことをカナコは知っている。
きのうの深夜、トイレに起きたときたまたま、両親が言いあっているのを聞いてしまったのだ。
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