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16.ふたたび蔵へ(5)
女雛……姫さまはカナコをちらと見ると首をかしげて、はたにいる官女人形——青葉になにやら耳打ちした。
「これ、トカゲ。姫さまがおたずねじゃ。そのほう、若さまと知り合いか?とのおおせじゃ」
「?——いえ。さっき初めてお会いしました」
姫さまはきびしい目でトカゲを見ているようだったが、ふいとそむけた。
なにか気にそまないことでもあるのだろうか。
「まあよい。ならばトカゲ、仕えもうせ。お福や、世話もうせ」
「はいなぁ」
白い張り子のお多福人形がカナコの世話をしてくれるらしい。「よろしくおねがいします」
「はいはい、あんさんは幸せですえ。紙人形で蔵におつかえできるなんてめったにありゃしません。まあ、あんじょう気張(きば)っておくれやす。あんさんのお仕事はこれですえ」
やわらかい印象の人形だが仕事にはきびしいらしく、さっそくてきぱきと指示を出す。
カナコの目の前には山と積まれたひな道具があった。
それらの小さな小さな調度品は、まるで人間がつかう本物とかわらない精巧さでつくられていて、食器入れの漆細工の挟箱のなかには青磁白磁の器や切子のようなガラス細工、染めつけられた椀皿や箸まである。
ほかにも化粧道具や鏡台、小だんす、胡弓にお琴、双六盤に書見台・文机、衣桁にかけられた吉祥模様のあざやかな振袖、はてには女乗り物や牛車まで、まるでお大名のお輿入れのような豪華な品々が、なにからなにまで問題なくそろっていた。
それら道具一式をみがきあげるのが、蔵の中でも身分の高くない人形たちの役目らしい。素朴な木彫り人形や布人形、芥子人形たちがこまかい紙屑を手にして仕事をしていた。
「さあさ。あんさんもお早うおふきやす」
「あっ、はい」
カナコはあてがわれた場所にこしかけると、となりで器をふいている和布づくりのウサギに「よろしくおねがいします」と声をかけたが、ウサギはふいとして返事もしてくれない。
どうやら新入りのトカゲを、みんなうろんげに見ているようだ。
カナコはどうしたらよいかもわからず、ただだまって紙屑で皿をふきはじめた。
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