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18.ふたたび蔵へ(7)
「——せっかくやから、トカゲちゃんにはこれをふいてもらいまひょ」
そう言われてお福さんにわたされた豪華な樽桶(漆に金細工をほどこしたもの)をあけると、小さな貝がらとカルタが入っていた。
見ると貝には金泥がしてあって、その上に筆文字でなにやら書きしたためられている。
「なんですか?これは」
「貝合わせどす。知りませんか?」
お福さんは、教えてくれた。
どうも、ハマグリ貝をつかっておこなう歌がるた、トランプの神経衰弱のようなものらしい。貝と貝とがぴったりと合うことが夫婦仲よくすることを示す縁起物で、ひな道具の中でも特に大事なものということだ。
そんな大事なものをふく仕事をまかすということが、カナコへのみんなの親切らしかった。
「どうもありがとうございます」
礼を言いながら、こまかい貝殻をひとつひとつカナコはふいていった。
そうやって下々(しもじも)の人形たちが道具をふき上げるとなりでは、五人囃子人形たちが楽器の手入れに余念がない。ピーヒャラ、カンッ、ポン、イヨーッ……と、いさましく笛や鼓を調べ……チューニングしている。
官女人形たちは緋毛氈をひろげたうえに桜・橙をそろえ、流水があしらわれた金屏風をひろげていた。
華やかこの上ない道具立てなのだが、それらの前にすわる女雛はどうもぽつねんとしているようにカナコには見えた。
「女雛……姫さまは、さびしそうですね」
と、お福さんにたずねると
「ええ。ほんまなら、若さまがおそばにおらしゃったらよろしいんだっけど、なにせあのご気性だすから、じっとしてることはおませんねぇ。せっかくひさしぶりに封を解かれて箱の外にお出ましになられたいうのに、おさびしいことでおまっしゃろなぁ」
「若さまと姫さまって仲がよろしくないのですか?」
「そんなことはないですけど、なにせ若さまは朝霧丸さがしにむちゅうですからなぁ……」
そうだ。そんなことをさっき若さまは言っていた。
「アサギリマルってなんですか?」
「この家の雛道具の重宝で、若さまがお腰に佩(は)かれていた名刀どす。それを紛失(ふんじつ)しておしまいになられたので若さまは、とりもどそうとやっきになっておられるんだす」
「紛失?いったいどこで?」
「それがようにはわかりません。なぜだか、あの若さまもむかしのご記憶がないそうで。箱が開けられる前のことは、ほとんど覚えてはらしません。名刀の威力をおそれたガリガリにぬすまれたとは言われてますけど……」
「ガリガリって、それもさっき若さまが言ってましたけど、いったいなんですか?」
トカゲの質問に、お多福人形は目をまるくして
「なにを言うんだす、あんさん?ガリガリといえば、あてら人形にとって一番おとろしい相手やおまへんか。まさか、この家に今日来たってわけやおまへんやろに、知らんいうことがありますか?」
いや、今日来たばっかしなんですけど……と思わず言いそうになったとき、一階から弁慶人形の大きなダミ声がひびいてきた。
「ええい!みなのもの、気をつけよ!ガリガリめが蔵に侵入しましたぞ!」
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