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何度か切ろうと思った
実際切ってしまうのは簡単だ
けど、考えて思い留まる
私は今ある生活水準を失いたくない
そして、ゆきさんを抜くという目標まで遠退く
散々、今まで貧乏でパッとしない生活で、ブスだバカだと貶されてきた人生から一転、キャバクラの華やかな世界で、「麻衣」として羽ばたこうとしているのに、こんなんで負けるもんか
全部、食い尽くしてやるんだ
私は成り上がる
そう決めたのだから
にしてもストレスが溜まる…
私は普段仕事以外でお酒は飲まない
つーかなんなら嫌いだ
けど、その日私はイライラした気持ちが納まらず、飲みに出かけることにした
田舎のさびれた駅前
昔の商店街は今やシャッター街だ
昼間、閑散としているここらも、夜はネオン街へと変貌する
そんな一角の、とあるバーに立ち寄った
「いらっしゃい」
年齢不詳のガリガリなママが、声をかけてくれる
酒焼けして、しゃがれた声だった
カウンターの目立たない席に着席する
「ビール下さい」
従業員の手間をかけさせない、そしてメニューを見なくても大抵置いてあるお酒を頼んだ
苦いだけで、ちっともおいしくない生ビールが出てくる
私の舌はまだまだ子供だ
ママにもお酒をおごって、2人でグラスを合わせた
ふと周りを見渡すと、私と同じように隅の席でお酒をあおっている男がいた
顔は俯いて見えない
じっと凝視していると、こちらに顔を向けた男と視線が合った
歳は私より年上だろう
でも肌はきめ細やかで、綺麗
お酒は見たことない銘柄
私はつい店の癖で、知らない男にも愛想笑いを浮かべて会釈した
男はなんと、はにかんだような笑顔を返してきた
私はその反応にきょとんとしてると、男は何事もなかったように、そのまま手にしたグラスのお酒を一気に飲み干していた
遠くからでもわかる、シワ一つない綺麗なスーツ
品よく固められた髪の毛に乱れはない
店長とは大違いだ
私は何だか気分がよくなり、ビールをあおる
「ママ、もう一杯」
苦手だった酒
最初はジュースしか飲めなかったのに
いつの間にか、平気で飲めるようになってた
どんどん戻れなくなる
深みにはまっていく
染まっていく
汚れてしまったわけじゃない
そうやって、経験を積んで、人は成長していくんだろう
ただ
自分を切り売りして、笑顔振りまいて、夢を見せる
そんなことが
最近疲れてきた
そうやって身を削って
最終的に、この仕事は何の役に立つんだろう
経験は財産って言うけど
水商売をしていた経験が、今後何に役立つというんだろう
時給だけに飛び付いて
腰掛けで働いて
将来の自分のためには微塵もならないのに…
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