悪女

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私は弱いのだろうか いや、甘えているんだ だって楽な方に流された方が、気楽だもん 失敗しても言い訳出来るから けど… 弱いやつは、自分を正当化しないと、同情してもらえないんだよね そうやって、ずっと嫌なことから、見たくないことから目を背けてきた いつまでも、甘えて暮らしてなんかいられないのに、わかっているのに、やめられない もがいても身動きとれない 八方塞がり 泥沼だ イライラする 思い通りにならない 上手くいかない 私だけこんな… ああ…こんな気持ちを紛らわすためにここに来たのに、飲んでも飲んでも酔わない 私はビールを一気に煽った トイレ… 立ち上がって、トイレに向かおうとした時、丁度入ってきた客と肩がぶつかった 「って…どこみ…」 睨みをきかせた男は、私の顔を見ると目じりを下げた 「ってめっちゃかわいいじゃーん! 1人で飲んでんの?」 ダサいちんぴらみたいな柄シャツを着てふらふらした男は、金ネックをぶらさげ、酒臭い息を吹き掛けた 私は睨んでトイレに行こうとした 男は油の着いた汚い爪をした手で、私の肩を鷲掴みした 「ねぇ待ってよ!一緒に飲もうよ、マジタイプ!」 やめろよっ 汚い手で触んじゃねーよ! そう言い掛けて、口を開いた瞬間 「私の連れに、何かご用でも?」 いつの間にか、背後から聞こえた男の声が、私をかばうようにチンピラに諭す 「なんだ、男いたのかよ、ちっ」 チンピラの男は腰のポケットに手を突っ込むと、睨み付けながらガニ股で店を出ていった 私はびっくりしながら、恐る恐る後ろを振り返り、お礼を言った 「ありがとうございます…」 私を助けてくれたのは、さっきの、目が合ったら微笑んだ男だ 男はニヒルな笑みを浮かべると、英国紳士のように眼尻を下げて片手を振った 「いえいえ か弱い女性を守るのが、男の役目ですから」 さらりと俳優が言うようなセリフを恥ずかしげもなく言うと、ママにお勘定のサインをした 手をバツにする失礼なハンドサインじゃなくて 指をペンに見立てて、宙を走らせるようなサイン 内ポケットから、品のいい革の長財布を取出し、お札を手渡していた 折り皺一つないスーツを翻し、去って行く後ろ姿 ああ、行ってしまう このままもう二度と会えないかもしれない… 「…待って」 気付いたら、私は声をかけていた 振り返った彼の瞳は、暗闇の中で妖しく光った…ような気がした 紳士な見た目なのに どこか、闇に紛れ、陰りのある顔に一瞬たじろぐ 「…はい?」 「あっ…あの…お名前教えて下さいませんか…?」 ドキドキ、と、好きな人に告白したときみたいに急に心臓が高鳴る 「ご縁があれば、また出会えます、必ず、ね」 またも男はニヒルな微笑みをすると、踵を返し去っていった きれいに固めた漆黒の髪 紳士な立ち居振る舞い バーに戻った私は、男の座っていた場所に置かれていたお酒のボトルを見た バランタイン17年… 「ママ、このお酒一杯下さい」 茶色い液体が、喉から食道を、一気に燃やした 彼のお酒は苦くて、甘い香り
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