悪夢

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「よっちゃんおはよ!今日私の友達来てるから、一緒に飲もう」 私は後ろからついてきた愛を紹介した 背後からひょっこり顔を出した彼女は、瞳を彷徨わせながら、こんにちは、と挨拶していた よっちゃんの前に座った彼女は、人形のように微動だにせず、口を真一文字に結んだままだ 緊張しているんだな 私はなんとか彼女を絡めてよっちゃんに話すが、いまいち話が盛り上がらなかった 「いらっしゃいませー!」 声高らかな方角を見ると、私のお客さんだった かぶってしまったが、はたして彼女にヘルプは勤まるのだろうか…? 「麻衣さんお願いします」 店長から声がかかる 「愛、私他の席行かなきゃだけど、緊張しなくて大丈夫だよ!よっちゃんが盛り上げてくれるから、ね、よっちゃん!」 よっちゃんはびっくりしていたが、愛はまだ慣れないからフォローしてと伝えた さっき来たお客さんの席に着きながら、愛の様子をちらちら見ていたが、よっちゃんの席に戻ってみたら、なんだか盛り上っているようでひと安心した それから愛が他の席や団体に着いても、なるべく私が一緒に着いて彼女をフォローした 彼女は緊張のためか、お客さんに話を振られるまで自ら話かけることはなかった 「どうだった?」 私は営業終了後、彼女に感想を聞いた 初めてだし、合コンって言っても、大半はお酒を飲んだエロじいさんたちの介護だし、楽しくはないだろう 「楽しかった!!またしたいな~!」 えっ… 思いの外、彼女のテンションは高く、意欲があった 「そうだったの?何も喋ってないし、てっきりつまんないかと思ってた…」 「いや、緊張してた… けどちょっとの時間働いて、こんなにお金もらえるなんて嬉しい~!」 愛は、店から貰った日払いの茶封筒を抱き締めながら、喜びを噛みしめているようだった 高いお金をもらわなきゃ、みんなキャバ嬢の仕事はやらないだろう 短時間、高収入 だからこそ、働く意欲が出るわけだし、それが、キャバで働くってことの醍醐味だ だからヘルプや日銭をただ、貰ってるだけなら、昼間の仕事をした方がよっぽど身になるし稼げるだろう 愛はさっそく来週から働く、と店長に言っていた 「昼間の調理の仕事の後だから、きつくない?」 「大丈夫!」 彼女はその言葉通り、昼間のファミレスの仕事が終わったら、キャバに来て稼ぐという生活をそつなくこなしていた 最初は喋らなかった彼女だったが、回数を重ねるうちに、笑顔が増えて、キャストはもちろん、お客さんとも話せるようになっていった 私がフォローしなくても、大丈夫なまでになったので、仕事の行き帰りやお互い待機になった時には、お客さんの話やキャストの話をして過ごしていた そしていよいよ今日は給料日と…ランキング発表 更衣室に着替えついでに、ランキングを見に行く ナンバーワンは… やっぱりゆきさんだが、私はその下の二番 けど、以前みたいに彼女との差はそんなに開かなくなっていた ちょっと普段より頑張ってお客さんを呼んだら、届きそうな距離だ 着替えて給料をもらうと、みんな待機に残されていた 完全に仕事オフモードの女の子たちは音楽を聴いたり、だらけてソファに寝そべっている みんな集めて、こんな時間にミーティングでもするのだろうか? 疑問に思いながら、私たちも真似てソファに座った するとほどなく店長と、そして、見たことない男の人が店に入ってきた 「社長だ…」 近くに座っていたゆきさんが、ぼそっと言った一言に、待機の女の子たちの空気が変わった 社長… 例によって、でっぷり腹は出ているが、スーツで引き締まって見える体に、髭面の、指に指輪をごろごろはめた、いかにもそっち系な夜の男だ 初登場の社長の存在に、女の子たちは異様な雰囲気に包まれていた 「ご苦労さん」 そんな様子も気にすることなく、社長は待機の中央に立つと、フランクに挨拶をした 店長が垂直にお辞儀しながら、お疲れ様ですというと、それに続いて女の子たちがお疲れ様です、と小さい声で繰り返した 「売り上げ伸びてないね」 開口一番社長から鋭い一言 「裏の売り上げ表見てもわかると思うけど、下から数えた方が早い連中は、はっきり言って、店の荷物だ お前らの給料は上のナンバークラスが補ってるんだぞ、キャバクラで働いてんのに情けねーと思わねーのか? テメーの給料くらいテメーで稼げや」 ズバズバと確信をついていく社長 女の子たちの表情は凍り付いて、曇っている 愛は目の前の光景に、目を見開いて、息を飲んでいた
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