悪夢

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「わかってると思うが、今月から年末だ 12月はボーナスに忘年会に、客は金もあるし、飲みにも出る がっちりしっかり営業かけろよ! 今月ひと月、指名本数が0の奴は覚悟しとけ」 言うことだけ言うと、社長はがに股で店を出て行った 後を追って店長も出て行く 残されたボーイが、頑張りましょうと弱々しく言うと、それを拍子に女の子たちは帰り支度を始めた 「なんなのあのおっさん、いきなし来てウザイんだけど…」 「ね、売り上げ悪いのはフリーが全然入らないから、お客さんいないってのわかってないのかな」 「そーそー、なんでうちらに言うんだよ、売り上げ悪いならお前が客入れろよって話!」 女の子たちは口々に悪態を吐きながら帰宅していった …フリーや客が少なくても、指名や場内貰ってるやつはいる 稼げないのは、自業自得じゃないか…? そんなことを思ったが、言ってしまうと関係が悪くなるので、胸にしまった いつの間にか、もう12月 年末なんだ… かじかむ手に、手袋を買わなきゃなと愛と一緒に帰路に着いた 次の日店に出勤すると、みんなのムードが二分した 明らかにやる気ない子と、眉間にシワを寄せて、切羽詰まってる子 ああ…社長効果絶大だ そんな中、ゆきさんは相変わらずマイペースにお客さんを呼んでいる ふと、昨日の社長の言葉を思い出した 今月ちょっと頑張ったら、ゆきさんを抜かせるかな… 年末だし、ボーナスだし いけるかな… でも、ゆきさんのことを好いている信者は沢山いる そう、信者だ キャストの言いなりになる客は、もはやファンと言うより、信者に近い 例えキャストに好かれていなくても、間違った考えをしていても、それさえ信じられる、狂信者 そいつにとって、キャストは唯一無二の教祖なんだろう 私にも信者は何人かいる 私の言うことを聞いてくれる、かわいい信者 でも、まだまだ足りない ゆきさんを抜かすには、もっと、もっと欲しい 私の言いなりになる、お客さんが欲しい お客さんの形をした、お金が欲しい 年末に向けて、忘年会も増えていく このしがない田舎町の安キャバにも、ちらほら団体客が入ってくるようになった 団体のお客さんが入るたびに、みんなげんなりする中、私は意気込んで接客に着いていた だって私がダルいな、嫌だな、と思うことはみんなも嫌だなと思ってるから そこで敢えて踏張ることで、他のキャストと差別化が図れる だから私は、みんなが10%くらいのやる気で接するところを、100%でこなす そんな些細な努力で、成績があがるならどんどんしていくんだ 「こんばんわ、麻衣です!」 「一緒に飲んでもいいですか?みんなで盛りあがろ~!」 団体の客のほとんどは、二次会、三次会でキャバを利用するから、もうテンションが上がってる人ばかりで、ノリよく話すとわりと乗ってくれる人が多かった 愛はそんな次から次に来る団体客に、疲労困憊のようで、慣れてきたものの、さすがに口数が減っていた 「疲れたね…」 団体が途切れ、やっと待機になった時、愛がぼそりと呟いた 「さっきの人、めっちゃ足とか胸とか触ってくる人で… 止めて下さいって言ったんだけど、減るもんじゃないだろとか言ってずっと触ってきて…辛かった」 「うわ、なにそいつ、最悪じゃん!触りたいなら風俗行って下さいってがつんと言っちゃえ!」 「うん…でも怒らせちゃダメだし、中々がつんって言えない…」 疲れるんだ、接客業も 愛みたいに、お触り客に、はっきり言えない子もいる そうしてどんどんストレスになって、辞める子もいるんだ ヘラヘラ笑ってるだけで、高い金をもらってるわけじゃない 風俗と勘違いするような客や、本気で付き合えると思ってる客などからのストレスと引き換えに、金をもらってる
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