2.Indwelling

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 彼は先程店主から貰った紙とボールペンの存在を思い出し、起動を待つ傍ら、先ずは書きたいものを紙に書き出して纏めてみようと思い立った。しかし、紙は五枚しかなかったので、その一枚を丁重に取り出し、それのごく片隅に、読めるか読めないかの瀬戸際の小ささで文字を書くことにした。  しかし、いざアイディアを記述しようと試みると、それが具体化しないことに気づいた。骨太な冒険記、美女との熱い恋愛等々、彼の脳内につい先刻まで醸成されていたかと思われたそれらは、単なる欲求の一片に過ぎず、物語として不完全であったのだ。  己は書く手段を得ただけで、物語を作れるかどうかに関しては、また別の問題であることに気づいてしまうと、先程までの思索の奔流は止まり、創作意欲も跡形なく潰えてしまった。隈川は空虚だった。パソコンは未だ起動中で、ファンが回り出している。その音がやけにうるさく感じられて、仕方がなかったようで、彼は眉間に皺を寄せた。
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