1.Regressio

1/8
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ

1.Regressio

1   隈川(くまかわ)勝重(かつしげ)は仕事帰りに、電子機器のジャンクショップに立ち寄っていた。この店は、大通りからかなり離れたところに立地しているし、おまけにウェブに店舗の詳細が記載されていなかったので、自動運転の機能も十分に使えなかった。    隈川は仕方なく最寄りのスーパーに車をとめて、【ムニン】(注・簡易記憶補助装置のこと)を使って頭に入れた、不確かな情報を頼りに道を歩いた。時刻は午後八時を過ぎたあたりだった。十一月の空はせっかちな程に、暗く寒く、彼はマフラーを鼻まで引っ張り上げた。が、マフラーを鼻まで引っ張り上げたのは、別のことを憂慮したためでもあった。  彼は今から犯罪に使う道具を買いに行こうとしていた。この瞬間から目立つことは極力避けたかったのだ。もう何十年も前から、街中には監視カメラがそこらじゅうに目を光らせている。その行為はここ数年でさらに無遠慮になっているようだった。今も街灯に設置された隠れる気のない目が――或いは見ているぞという意思表示かもしれないが――、こちらを見ている気がして、隈川は動揺を抑えきれずにいた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!