4.Health

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4.Health

 刑務所での暮らしは厳しかったが、身体的に痛めつけられるわけでもなく、最低限の人権は保障されていた。一日三食が滞りなく提供され、九時間の労働を終えた後は幾らか自由時間も与えられた。それに一週間に一度はカフェイン溶液を貰うことができた。隈川にとってはこのことが至上の楽しみだった。  カフェイン溶液に付けられた香料の匂いは相変わらず嘘臭いものであったが、思い返せば本当のコーヒーの匂いなど判らない彼にしてみれば、そんなことは些事に過ぎなかった。  そして彼は三ヶ月という比較的短い刑期を満了し、出所した。通常なら、この後社会に還元されるはずだが、彼が犯した【創作罪】という罪状の特殊性から、療養も受けなければならなかった。  彼を送迎したのは、身柄を確保された時に会った新人の婦警だった。 「あともう少しの辛抱で貴方は善良な市民に生まれ変わることが出来ます。私、応援してますよ。貴方のこと──」 彼女は自動運転中にも関わらず、ハンドルを力強く握りながら、そう彼に熱弁するのであった。その眼差しは温かく、かつての母なる(レンズ)のことを想起させた。このように母性を感じさせる眼をしつつも、屈託の無い、まるで少女のようなあどけなさを連想させる彼女の笑顔は美しく、隈川はこの女性に密かに惹かれていた。
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