1.Regressio

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 隈川は店主に挨拶し、店を後にした。彼の心臓はかつてない速さで拍を刻んでいた。それは、罪を犯そうとしていることに対しての背徳感か、新しい物語を始めようとすることに対する高揚なのかは彼自身にも判然としなかった。また、帰る途中で職質を受けることになったらどうしようという危惧があったためかもしれなかった。  時刻は凡そ九時前だった。外は相変わらず寒い筈だが、隈川はそれに気づかなかった。白い吐息を風にちぎらせながら、家に帰る彼の足取りは軽快で、瞳には暖かな光が宿っていた。
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