出会い

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出会い

「嘉助(かすけ)、嘉助」 どこからか自分を呼ぶ声がしたようで、家までの道を急いでいた嘉助は立ち止まって吹雪の中、耳を済ませてみた。したっけ(そしたら)また 「嘉助、すけろ(助けろ)嘉助、すけろ」 聞き違いではなく、やはり嘉助を呼ばる声がした。学校が終わってから他の子供たちとずいぶんおしゃべりをしてしまい辺りはすっかり真っ暗で吹雪もうんて(とても)強く吹き荒れていたので、又三郎ではないかと嘉助はとても怖くなり走り出そうかと思案した矢先にまた 「頼むがら、すけろ。この縄っこといで(解いて)けろ嘉助」 恐る恐る嘉助は強ばって声を出した 「おめ(あなた)だいだ(誰だ)どさいだなだ(どこにいるのだ)」 すると暗闇と吹雪の中からこう聞こえた 「おら馬っこだ。おめさんがだいっつもこご(ここを)通るべ、おらここの馬っこだ」 そういえば嘉助らはいつもこの道を通る度に違う毛色の馬が木に繋がれているのを遠目に見ていたのを思い出した。 「おめ、白い馬っこだが(ですか)」 「んだ、おら白い馬っこだ。早くすけろ」 吹雪で前もよく見えない中を嘉助は声のする方へどんどん進んで行った。 「えぐ来てけだ(よく来てくれた)頼む、縄っこ解いですけろ」 とうとう白い馬っこの鼻っ面まで何寸もないところに嘉助は立っていた。 「なして(どうして)助けれってよ」 にわかに吹雪がおさまり月が雲から顔をだし、とうとうあの白い馬っこの顔が見えるほど明るくなっていた。 「おら明日ってば(明日には)屠殺されで肉屋さ売られるすけえに(うられてしまうので)なんとかすけろ」 嘉助はぎょっとした。そういえば馬を食べる人があるらしいとは聞いてはいたのだが嘉助の家では専ら鶏肉ばかりで馬どころか豚や牛すら食べることがなかったし、いつもここに繋がれているのはてっきり競走に出る馬をあつかって(養って)いるものだとばかり思っていたのですからたいそう驚いたのです。 「おらまだ十歳だ、おめさん(あなた)ど同じ歳だ。なして、おら殺されねばなんねえのすか。おらだたて(自分だって)まだ生ぎていてえもの」 嘉助は返す言葉を探してはみたものの何も心当たりがなく、ただその白い馬っこのまなぐ(目)を見つめた。やがてその白い馬っこのまなぐからは涙がだくだくと流れ落ちた。 「おらえの(うちの)兄貴も舎弟っこ(しやでっこ 弟)もみんなここから屠畜場さやられた(送られた)まだみんな若けえうちに」 嘉助はなんだかとても難しい気持ちになった。気の毒だがたいへんに恐ろしいことにも感ぜられたのだ。 「へば(すると)こねだの(この間の)栗毛は、おめの兄弟だが(なのか)」 「んだ。あの栗毛は兄貴だ。そろそろいいあんべ(いい塩梅)だどって、せで行かれたのさ(連れて行かれた)」 「おめ、岩手の者だな」 「んだ。んだども(でも)そんたごどまずいいすけに、親父来る前になんとかすけろ」 嘉助は脇の方の掘っ建て小屋に目をやると明かりも消えしんと鎮まりかえっていた。 「あの馬鹿親父は、おら売ったじぇんこ(お金)へえる(入る)めがら(前から)売れだ気になって、なんぼで売れるどもわがんねえのに(定かではないのに)町さ飲みに行って今いねえすけえに、なんとか今のうちに」 嘉助は迷った。この白い馬っこは気の毒だ。話しを聞けばいつも通る度に見ていた馬もみんなかわいそうに思えた。しかしこれを逃がしたのがばれたらただではすまないことはわかっていた。ここの親父というのも見るからにおっかなく、毛皮や何やらをいつも着て、さっと(少し)頭にくることがあればすぐ鉄砲(猟銃)を持って飛び出してくるような気違いであることも知っていたからだ。そして今、この白い馬っこ一疋(一頭)逃してやったところであの親父が生きている間はまた次から次と馬っこが、せで来られては肉屋へ卸されるに違いないのだから。 「わりい(ごめん)おらには無理だ」 白い馬っこはさらに涙を流し 「頼むすけ、なんとかすけでけろ。おめさんだたて(だって)こさ、縛られて明日には屠畜場さやられて肉屋さ売られて、かれる(食われる)ったら泣き吠えで助けれって言うべ」 嘉助はどきっとした。本当だ。もし自分がこの白い馬っこならそうだ。間違いなく泣き叫んで助けを求めるだろう。 「わがた(分かった)。へば、なんとへばい(どうすればよい)」 馬っこはもっともっと涙を流した。よろこんでいるのだろう。 「この縄っこほどいでけろ」 鼻から通された太い縄が、これまた太い木に固く縛られていた。嘉助はその太い縄のこぶをほどこうとためしてみた。 「だめだ、かで(固い)といね(ほどけない)」 子供の力ではとうていほどけようもなく特別な結び方に違いなかった。 「あの小屋さなんでもあっつけえに(あるから)行ってみれ。ほいじょ(包丁)でものご(のこぎり)でもなんでもあっつけえに」 嘉助は走ってその掘っ建て小屋へと走った。 馬っこは、ここの親父は町で飲んだくれていると言っていたが果たして本当に留守なものか小屋に近づくほど用心に用心して息を殺してその入り口を入った。 萱(かやぶき)とも呼べぬような葦(あしまたはよし)を無造作に並べただけの隙間だらけの屋根から月の光が幾本もの光の筋で小屋の中を照らす。 荒れ果て、とうていここに人が住んでいるとはにわかに信じ難い。 あちらこちらに酒瓶やらぼろ切れか着物か判断のつかぬようなものと大工道具が散らかり放題散らかっていた。 嘉助は手当り次第目に付いた刃物の類いを手にとった。 馬っこの言うとおり、ほいじょものごもあった。 念の為か金槌まで抱え小屋を飛び出した。 あの親父はいつ帰ってくるものやらそれまでに馬っこ共々逃げおうせねばならない不安と焦りで僅かな雪に足をとられ二度ばかり転び、まるで転がりながら馬っこに辿り着くとすぐに、のごの刃を綱にあてがった。 つい先だっての木工の授業で教わったとおりゆっくりと引く方に力をかけ縄の上を、のごを滑らせた。 馬っこもいつ親父が戻るとも分からぬのか大変にそわそわし危うくその馬っこの鼻にのごを当てそうになった。 「嘉助や、なじょうた(どうだ)切れっぺがねい」 「あわくな(あわてるな)わんつかずつ(わずかだが)切れできた。待ってれよ。今に放してやるってな」 嘉助の言うとおり本当に少しずつではあるが縄に切れ目が入ってゆく。 真冬の夜だというのに嘉助は顔中に汗をかいて一生懸命のごを動かした。 「とにかく親父来るまでにおらがだ(我々)は逃げねば殺さいるべおん(だろう)」 馬っこはさっきよりもじたばたとした。 「嘉助頼むど。おめさんしかいねえすけえに、なんとか頼むど」 嘉助は額の汗を袖で拭き拭きひたすら夢中で、のごを動かした。 あとわずか、ほんのわずかのところまで切れたときだった。 「なにしてるなだ、おめだいや(おまえは誰だ)」 野太く品のない声が静寂を破った。 縄切りに夢中で辺りの警戒を全くしない間にとうとう親父が帰ってきてしまったのだ。 親父は膝丈まである雪を漕いでどんどん近づいては来るのだが強か(したたか)酔いが回っているらしく何度も転んでなかなかこちらまで辿り着く様子がない。 「馬っこ、あどこんけ(このくらい)だば引きちぎれねえが」 その言葉に馬っこは思い切り首を下から上へと振り上げた。 瞬間綱は千切れ馬っこは後ろ足二本で立つようなかっこうになった。 酔っ払って雪の上を這ってきた親父の手がとうとう嘉助に届く寸前であった。 「嘉助、乗れ、早ぐ、おらさ乗れ」 馬っこは少し前足を折り身を低くし嘉助に促した。 すでに嘉助の雪靴に親父の手が届くそのとき嘉助は馬っこさ飛び乗り馬っこは一気に走り出した。 降り積もったばかりの雪を巻き上げ馬っこは物凄い速さで駆けた。 嘉助は振り落とされぬよう馬っこの首にしっかりとつかまり、まなぐをきゅっととじていた。 「待で、この野郎、ぶち殺すどこの野郎が」 野蛮な声が月夜にこだまするも、あっという間にその汚らわしい声が聞こえぬ場所まで走り抜けたようであった。 「ここまで来いば、はあ、ぼって(追いつけ)これねえごった。ひと安堵だ」 馬っこはそう言うとこれまでよりはだいぶゆっくり歩を進めた。 「おっかねがったな馬っこや。おら、つかめらいで鉄砲でやられるど思ったっけしゃ」 ようやく嘉助はそう口にした。 「あぶねがったない。んだども嘉助えぐやってけだ。ありがどな。本当にありがどな」 馬っこはまただくだくと泪を流し嘉助に心から礼をのべた。 嘉助はなんだか照れくさいようで、そしてさっきまでの興奮から返す適当な言葉もわからなかった。 月に照らされた、まだ誰も踏んでいない雪の上を馬っこはゆっくりゆっくり進んでいった。 「馬っこや、おいだ(我々)どごさ行くのだ」 「いいどさ行く。おめどご(君を)ええどさつでぐ(つれてゆく)黙っとして乗ってろな」 「まるで浦島太郎さんのようだな」 やっとどうにか落ち着いて冗談のようなことを嘉助は言ってみた。 「浦島さんの竜宮城よりいぇえ(良い)どころさつでぐすけにな」 「竜宮城よりいいどごが。なんたどごだべな」 馬っこはせっせと雪の中をあんだ(歩いた)。 一面上白糖を布袋からまがした(ぶちまけた)ような雪原を馬っこと嘉助は進んで行った。
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